スペイン旅行など計画するんではなかった。
 目覚めて一番に思ったことはまずそれで、結論として言えば、もはやそれだけに尽きた。それ以外に何も思うことはない。
 ああ、何度でも言おう。
 スペイン旅行なんて計画してやるんではなかった、リボーンの馬鹿馬鹿、大馬鹿野郎! この人でなしっ、オニ、悪魔! 犯罪でいうとこれ完全無欠に拉致誘拐じゃないか――――!
 ごおんごおんと耳障りな音に、それが機内の空調が紡ぎ出す音なのか、はたまた離陸した直後であるからエンジンがフル稼働しての騒音なのか。さっぱりわからぬまま搭乗者の合意なく機体はイタリアの地に一旦別れを告げるべく目的地を目指し高々と飛び発つ。
 ……止めたかったが止めようがなかった。
 気を失って一晩経ってみれば何故か飛行機の中。それも座席にロープでぐるぐる巻きに固定されての目覚めだった。何がどうであれ、最悪な状況に変わりない。困惑しながら現実を受け止めていると、
「リ……リボーン様から絶対に降ろすなとのご命令を……その、う、承っておりますので……! も…ももも申し訳ありません本当に申し訳ありません!! ボス! どうか……!」
 どうかお許しを―――! 
 と。
 お抱えパイロットが震えながら搭乗アナウンス越しに現状への非礼を詫びてきた。
 声を聞かせることが出来たなら、別にいいよ、悪いのはどうせリボーンだし、とでも言ってパイロットの男を慰めることも出来ただろう。だが身動きが取れない状態では、まず何をどうこうする余地すらなかった。
 そうする内に飛行機はあっさりと空の上、もはや降りること叶わぬ高みへと舞い上がり、一先ずロープを解こうともがいていると雨と霧の守護者の二人が機内に現れ、それを手伝ってくれた。
 なんでと訊けば、リボーンが、とのこれまた実にあっさりとした答えが返ってきた。
 用意周到な家庭教師は本当に用意周到だったことを唸らずにはおられず、戒めを解かれながら今回の騒動の目的についてやっと詳しいことを聞かされ、それに必要な一枚の封書を手渡された。
 それは現地での訪問先を記した僅か三行の文字の羅列。
 そして最後、思い出したかのように『いつまでも迷ってんじゃねーぞ』との激励なんだかお叱りなんだかよくわからない言葉が空いたスペースに無造作に書き殴られていて、なんだよそれ、といっそ破り捨ててしまいたかったが、残った理性がなんとかそれをすんでのところで押し留めた。
 守護者までもがここにいるということは、さすがにこれは性質の悪い冗談や遊びなどではなく、正式にリボーンから受けた話ということになる。こちらの意思など放っておいて、がその前提にはあるが。
 そうでなければいくらリボーンでもわざわざ守護者を寄越してまで、これほどの強硬手段をとるとは思えない。故にその至極強引な事の動かし方の意としては……
(とりあえず四の五の言わず受けろってことか)
 相応の礼儀に則って、今はまだとりあえず。
 見ていると破り捨てたい衝動に駆られるそれを、苛立ち紛れにくしゃりと乱暴にコートのポケットの奥へと捻じ込む。と、なれば、ここはもう色々と諦めるしか道はないということだ。
 覚悟を決めるしかない。
(で、まあ……それはいい。それはいーんだけど……どうしてよりにもよってその護衛の守護者の一人がコイツなんだ!)
 ここまでお膳立てされている以上、断ることなどもはや無理だろうとの予測は容易につく。それがわかっているからなんとか自分も今は怒りを収めることに努めたというのに―――当然のように隣を陣取って座る守護者の一人は、はっきり言って自らの感情を抑える気はもとよりないらしく、先程から無言の圧力に加え、不機嫌オーラ全開の絶賛放出中だった。
 今一度おそるおそる綱吉は横目でちらりと隣の様子を窺ってみる。
 けれど相手は頬杖をついて、こちらの視線に気付いていないわけがないだろうにわざわざ気付かぬフリをし、小窓から見える外の景色を物憂げに眺めて(いるフリをして)いた。
 ……無視されている。
 機嫌の悪さから素敵に愉快にこちらも完全無欠に無視を決め込んでいる。
(う、ううっ)
 なんでだ、と。
 納得のいかぬそれに憮然とした思いが胸中をぐるぐると巡る。本来ここは自分が怒って然るべき場面である。
(だってオレが一番の被害者なのに……!)
 そうだ。
 当事者であり、その一番の被害者。
 それが自分にと強制的に与えられた明確な立ち位置である。
 だのに今、そんな自分が責められるような形となっているこの不思議。理不尽すぎて、頼みの綱であるもう一人の同行者に助けを乞おうと眼差しを向けるも、もう一人はもう一人で綱吉の身をロープから解放すると同時に大きな欠伸を一つ零して、「悪りぃツナ。ちょっとだけ休ませてくれるか。さっき帰ってきたばっかでどうにも眠くてな……」と気だるげに言った後、機内の座席を三つばかり占領して早々に寝入ってしまった。
 硬質化した空気の中ですーすーとそんな規則正しい呼吸だけが耳に届く。
(……や、山本……)
 頬を引き攣らせながら、どうにも八方塞がりな状況に頭を抱えたくなる。反対側の窓際の席で、完全熟睡モードにある山本。その寝顔はとてもとても健やかなものだった。つい胡乱な眼差しでそれを責めるように眺めてしまったが、けれども、それが仕方がないことだというのは綱吉だって充分理解していた。
 仕方ない―――そう、仕方がないのだ。
 何故なら昨日まで彼は確か中国の方に居たはずなのだから。
 おそらく仕事が片付いたあと、わざわざこちらの護衛に間に合うよう早々に戻ってきてくれたのだろう。そう思えば離陸した途端、即行で寝入り始めたのも頷ける。任務が具体的にいつ頃終わったかは知らないが、身体を休めることなくこちらへと向かってくれたのは時間的にみても容易に想像出来ることで、そして用意周到な家庭教師はそれに合わせ、且つ、地を行くよりも空のほうが自分の逃亡を阻止出来ると思ったか――そもそもイタリアからスペインまでなど車でも列車でもいいだろうに――わざわざご丁寧にボンゴレファミリー専用の軽飛行機を使って(パイロットまで脅して)空を飛ぶことを選択したのだ。
 本来ならば帰途についた今日、山本には一日ゆっくりと骨休めが出来るよう綱吉はこれからの日程を調整する予定だったのだ。
 だが自分が安易に気を失っている間に山本はリボーンからの命を受けた。
 でなければ今ここに山本がいるはずがない。
 文句も言わず家庭教師の要望に従事してくれるその度量のデカさにはいつもながら心から感心するし、申し訳なくも思う。
 ……だがしかし。
 しかし、それでも、だ。
(相変わらず……相変わらず場の空気だけはいくら経っても読めないんだね、山本…!)
 いっそ清々しいまでに。
 自暴自棄に近い状態で泣きながらそう胸中で突っ込む。…本人にその意図はまるでないとはいえ、置き去り状態の、今、自分は超不機嫌な霧の守護者こと六道骸と二人きりという状況下にある。
 加えて何の因果か――いや理由はわかっているけれど――不穏なブリザード渦巻くこの空間に一人放られ、放置プレイ状態。
 こんななかで一人取り残され、一体どうしろというのだ。居心地が悪いにも程がある。
(ああもう!)
 自分も山本に倣って眠りの国へと旅立ってしまいたい。だがそうすると火に油を注ぐことになるのは明白で、状況がますます酷く暗転することも目に見えてハッキリしている。とてつもなく嫌だが、ここはもう覚悟を決めるしか手はないのだろう。道がない。というか他に選択すべきものがない。
「あの…む、骸?」
 勇気を振り絞って離陸の騒動以来、今日初めてまともに骸へと声をかける。自分の守護者であるというのにこの気の遣いよう、なんだか少し……いや、大分情けなくもある。
 しかし外の景色を眺め続ける骸はといえば、綱吉が声を掛けたにも関わらず、まるで無反応、微動だにしない。端整な顔立ちの中で一際綺麗で目に付いて怖い―――その両極端な印象を抱かせる赤と青の、見慣れたオッドアイが冴え冴えと見開かれているだけ。
 気勢を殺がれ、綱吉は咽喉に声を詰まらせた。
 平生甘やかされているだけあって、この無視、無反応という攻撃は地味でいてかなり精神的にくるものがある。……手痛いけれど、それはそれほど悪い感情ではない、とわかってはいても。
(…いや、それがわかってるからか)
「む…骸……あ、あの、骸さん?」
 更に腰を低くしてみる。
 無反応。
「…………」
「さ、さっきも言ったと思うけど…さ。この件に関しては……その、オレもついさっき目覚めてから知ったばかりだし、いくらうちの構成員が情報戦に長けてるっていっても、これはどうしようもなかったと分類されることなわけで、寧ろそんな突発的なリボーンの思いつきまでは把握しきれないというか追いきれないというか―――ああ、うん、つまり、まあそんなわけで」
 結論として言いますと、だからオレの預かり知らぬところでこれは勝手に進んだ話であって、よってオレに罪は無いと目一杯全力で主張したいわけで、―――はい、そこで提案です、骸様。
「い、嫌なら……別に着いてからお前だけ本部に引き返してもいいんだけ…ど?」
「…………、………」
 というかそうしてくれる方が先々のことを考えても概ね平和に終わりそうで、非常に助かるんですが。(精神的に肉体的にも多分とても)
 拝むようにして言ったところ、そこで停滞していた空気がようやくその動きをみせた。骸の首が廻り、視線が注がれる。それから一秒とかからず至極つまらなさそうに結論は下された。
 曰く、
「馬鹿言わないで下さい。それなら最初からわざわざこんなところにいませんよ。ついでにスモーキンボムも黙らせてこなかったです」
「あ、そ、そう。そうなん……だ? え、だ、黙らせ……て…? 黙らせてって……え、えええっっ!?」
 やっと口を聞いてくれたと思ったら、よりとんでもない爆弾を落とされた。
 そんな話は聞いていない。(というより喋ってないから当たり前なんだけど)
「な、なにそれなにそれなにそれ!? 骸、もしかして獄寺くんに暴力振るったの?!」
「そうしても良かったのですが、それをするとあなたが嫌がると思い、毒サソリに彼へのつきっきりの看病を勧めておきました。丁度良いことに明晩、彼いきなり倒れたそうですから」
「…………」
 暴力を振るったと言われるよりも、一層クリアに獄寺へと訪れた不幸な出来事を思い浮かべることが出来た。
(か…可哀相に……)
 かけるべき言葉が他に見つからない。
「でも死には至らなかったようですよ。残念ですが」
「イヤそれ残念とかじゃないから! 間違ってるよ残念の使い方! ていうか、なに!? じゃあほんとは獄寺くんと山本がこっちにくる予定だったの?!」
 お前じゃなくて!
 悲鳴のようにしてそう叫ぶも。
「いいえ? それは最初から、彼と僕の二人の予定だったようですが」
 あっさり首を横に振られて、
「な! じゃ、じゃあなんで? なんで獄寺くんが?!」
 何故そんな、謂れなき不遇の未来を受け入れなければいけなかったのか。
 わけがわからない。
 ―――と、思った矢先。
「彼も行くと言って僕らに付いて来ようとしたので目障りだったんですよね。」
 と、笑顔でまたとんでもない直球の爆弾発言を投じられ、いい加減慣れたこととはいえ、大きく目を見開いて絶句した。
 にこにこにこ、と、笑顔だけがやたら清々しい。たった今、人の生死に関わることをさらりと、まるで明日の天気でも述べているかのような気安さで言い放った人物だとはとても思えない。
 冗談にしても性質が悪い。しかしながらこれが冗談でなく本気であるのはとうに承知している。
(身内にまでそうなんだった……こいつ)
 すっかり失念し、忘れていた。
 甘いのはあくまで綱吉にだけ、という極めて特殊な思考にあって、その偏りを平然と持つ男だということを。
 忘れていた。
 そうでなければ忌み嫌うマフィアの世界に己が足の、その爪先だとて骸は踏み込ませたりはしなかっただろう。今更ながらに思い出す。滅ぼそうという関与はしても、自らがそこに属するなど決して骸はしたくなかったはずだ。
 六道骸は十年経った今でもマフィアという人種を心の底から嫌悪し、憎悪している。
 なのに何故自身がそんなマフィアで在ることを由としているか―――その答えは実に簡単なことで、綱吉がその世界にいるからというごくごく単純明解なことだった。
『先に言っておきます。僕はこの指輪の掟に従って君についてゆくのではありません。君がイタリアに渡ることを決めたから、僕はついてゆくんです。それを忘れず覚えておいて下さい。指輪を「理由」にされるのだけはまっぴら御免です。これは僕の意思です。君はそれを知って、それだけを理解していればいい』
 そうすれば君が望む時だけ守護者としての僕の力をお貸ししましょう。
 イタリアへ行くことを決めたその日に、それはそうやって本人から告げられた。それからその言葉通り、綱吉が願ったとき、願った分だけ骸はその力を貸してくれ、自分のことを影ながら支えてくれるようになった。
 形式的には霧の守護者として。
 しかしあの日の誓いとも呼べる言葉を覚えている綱吉だけはそうではないことを知っていなければならない。
 男は、守護者という肩書きでそこにいるのではなく、あくまで六道骸という個人として綱吉のそばに在るということを。
 その現実は当時の綱吉を更に混乱させた。
 だから思わず重ねて問ったのだ。――どうして、と。どうしてオレにお前がそこまでしてくれるんだ、と。理解不能な驚きのままに。ついてくる理由はわかったが、あまりに判然とせず、それだけでわざわざ嫌いなマフィアへと力を貸すのもおかしい。
 綱吉には男の意図が理由を告げられても尚さっぱりと掴みきれなかった。だから困惑しながら綱吉は再度男の胸の内を訊き、それに一度だけ男は笑って答えた。
 青と赤のオッドアイを獰猛な獣のように細めながら、
『君の身体を乗っ取るのに丁度いいから……という理由は前にも話したと思いますけど、やはりもう君は忘れているんですね。ええ、だからですよ』
『え?』
『だから―――興味が沸いたんです、君のその甘さに』
『はぁ!?』
 譜面通り単純な興味を覚えてのことだと取るには、やはりそれはあまりにも漠然とした答えであり、一方では隙がなさすぎた。
 綱吉ですら訝しげにそう思ったのだから、男のような複雑な思念を抱いて共にイタリアに渡ることを他の守護者たちが自分以上に警戒するのは無理もない話だった。特に嵐と雲の守護者の反発は酷く、水面下では何か色々ともめて、あったらしいのだが綱吉にはその件については一切伏せられ、教えられることはなかった。
 知らないほうがいいぞと雨と太陽の両守護者に哀れみの籠もった眼差しで諭され、結局自分に出来たのは怯える雷の守護者を何かわからぬままに宥め、疑問はそんな曖昧なまま異国の地、イタリアへと持ち越されることとなり―――
 その後、全ての段取りが終わったあとで、綱吉は男の真意……全ての気持ちを知ったのだった。
(あの時は……ほんと、骸が壊れたと思ったもんな)
 今までの関係性を根本から引っ繰り返す盛大な好意を堂々告げられたことすら俄かには信じられず、驚きであったのに、やっと骸にも仲間意識の芽生えが……との最初の衝撃が過ぎ去ってからようやくじわじわと覚え始めた感銘は、それがライクではなくラブだと聞かされ、脆くも崩れ去った。
 あれは二段仕込のまさに驚天動地といえる展開だった。
 そうして遅ればせながらやっと曖昧且つ微妙な膜に覆われていた、複雑だと思われていた骸の「理由」がいっそ単純とすら云える感情に起因してのものだと知った綱吉は、以降延々と、かつては敵であった男から愛の言葉を囁かれる身となったのである。無論、本気だと知ったあと、何度も死ぬ気でお断りはしたのだが、長期戦で行きますからと微笑まれて、現在に至る。
(オレなんかの何が良かったんだが……)
 もはや同性に好意を寄せられているという異常事態に何ら動揺の一つも覚えなくなった自らの順応性には、正直問題があるとは思うが、これが骸なのだという諦めの方が今や意識の底に強くこびりついており、その意識が示す通りに、そういった理由で、今骸は身内にまで容赦なく八つ当たっているのである。違和感すら覚えない自分はやはり変に馴染んでいる―――ご……ごめん、獄寺くん。と、なので一先ず本部で生死の境を彷徨っているであろう獄寺に精一杯の詫びを入れ、結局なんでこんなことになったのかと改めて深く綱吉は頭を抱え込んで苦悩した。
 リボーンからの土産は確かにスペイン土産で、それに間違いはなくて、そこに文句を言えるような義理は自分の現状を思えば確かに全くなかったけれど。
「目障りなのはスペインの親馬鹿なマフィアだけで充分です」
「……いや、あの、骸。あ、相手は女性だから。お、穏便に、ていうか何もしないで。ほんと大人しくしてて。たっ頼むから!」
 ―――だが常識としてそれは「土産」というべき区分からは除外されるようなもので、道徳的に考えてみても明らかに人の道を大きく外れていると声を大にして叫びたいものでもあった。
「それはあちらの出方次第ですね。あと君だけで断りきれると思いませんし」
「……断るよ、こんな急な話」
「どうだか」
「なっ!」
 まったく信用されてない、実にそっけない態度に先程までこれが原因で子供のように拗ねていたとは到底思えぬ男の身勝手さに、さすがの綱吉も文句の一つも言おうとむっとしながら口を開く。が、吐き出そうとしたところでそれを堰き止めたのは、何気なさを装ったそんな骸の痛恨の一言だった。
「だってあなた、一度目の時もそう言って断りきれずに相手に押し切られそうになってたって聞きましたけど?」
「…………」
「そんなあなたが今度はきちんと断れるとでも?」
 鋭い眼光にたらりと冷汗が背筋を伝う。痛いところを突かれた、という意識が即座に思考を巡った。
「で、でも、あの時と今回とはまた話が違うし……それにもうあれから三年も経ってるし、いくらなんでも今度は大丈―――」
「……夫そうではないから、心配なんです。ただでさえアルコバレーノ直々のお達しで、随分と迷っているようなのに」
 ここにきて初めて骸の声から覇気が薄れた。声の揺れがそのまま自身の心の揺れのように耳に届けられる。それはある意味で綱吉自身よりも大きな動揺のようだった。
 肩を竦めるようにして浅い溜め息が吐かれた。
「……確かに三年前とは違います。今度は部下の失態を聞いてあなたが場を退出する、なんて事態もないでしょうし、今言ったようにそもそもアルコバレーノが持ち込んできた話です。あなただってボスとしてのそれなりの体面はあるでしょうし、アルコバレーノの顔も立てなければいけない。となるといくら呑気なあなたでも少しは考えて動かなければいけなくなるでしょう。……ああ、やっぱり面倒ですね。色々と煩わしい。壊滅してもいいですか? いえ大丈夫、わからないようにやりますから」
 本気の入り混じった顔で問われ、慌てて首を横に振る。
「だっ、駄目だ! いくらなんでもそんなの見過ごせないし、ましてやそんなことしたって意味なんてないだろ…!」
「意味ならあります」
 謳うようにしてとうとうと語っていた骸の瞳が、その途端、鋭い光を放ちながら綱吉の眼差しをひたと斜めに捉えた。切れ長な瞳は相変わらず優美といえる代物で、目を惹くものであったけれど、その奥に垣間見える感情の激しさに意味を悟って綱吉も言葉を詰まらせた。
 骸が何を自分に伝えようとしているのか、考えるまでもなくわかる。それは、たった今も寄せられている。
「骸……でも」
 けれど肯定でも否定でも、そのどちらでもない言葉を喘ぐようにして綱吉が紡ごうとすれば、神妙な間を置いて、フイと骸の方から視線は逸らされてしまった。これ以上の言葉は必要ないとでも言うように。
 会話を成り立たせる前に唐突に置いてきぼりを食らって、綱吉はしばらく無言で自らの膝にと置いた指先へその視線を落としていたが、
(……二度目、だもんなあ)
 骸の言う通り、たとえそれが自らの与り知らぬところで決まった、非常識な工程を経てのものだとはいえ、自分は確かにそれを無下にすることなど赦されておらず、何がどう転ぼうともとりあえず考えなければいけないのだ。自分の立場を重に踏まえての、二度目のそれを。
 だから。
(見合い、――か)
 土産と称してスペインマフィア、御令嬢との縁談話を勝手に取り付けてきたリボーンの思惑が一体どこにある、何であるにせよ、承諾してしまった話である以上、綱吉がそれに乗るのはもはやボンゴレのボスとして果たすべき責務でもあるのだ。
 無視は出来ない。
 到底出来るものではない。
 そうしてこちらの意思を些かどころか随分と勝手にないがしろにしてくれる家庭教師の横暴を改めて深々と恨みながら、沈黙に紛れ込んだ、横からの肌寒い尖った空気に綱吉はぶるりとその身を震わせ、断るまでの辛抱だと何度も自分に言い聞かせた。







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