年の瀬の夜は季節柄ということを念頭に入れてもまだ寒い。極寒のロシアほどではないが、ここイタリアの夜も冬となれば冷たい空気に肺がしなるように疼く時もある。オレンジの光源を煌々と放つ赤茶けた暖炉の恩恵がなければ、正直こんな夜などさっさとベッドに入り、寝てしまいたいくらいである。
 煉瓦作りの暖炉を見遣り、しかし片付けなければいけない仕事を手元に、相変わらずまるで減る気配のない、溜まる一方だという仕事状況に頭の痛さもあいまってつい恨みがましい眼差しを向けてしまう。口角はもう自然と下がっていた。
(疲れた。しんどい。面倒だ。あーもう、寝たい、ほんと寝たいよ………そもそも夜に頭なんて回らないっていうか)
 夜は風呂に入って、ベッドで読みかけの雑誌を読んだり新作のゲームを子供達と一緒にして遊んだり。
 十代の頃の夜の過ごし方なんて、実にそんなものだった。
 それが今では毎夜仕事の片付けに追われる日々。
 ……たった十年。されど十年。
 あの頃、未来においてこんなにも自分の生活が激変するとは思いもしていなかった。
(別に後悔があるわけじゃないけどさ……あぁ、あの頃に戻りたいな…疲れたー)
 しみじみと懐古する。
 思い返せば若かりし頃はなんと怠惰に時間を過ごしていたことか。余りある多くの自由を贅沢に貪って、尚且つその上で忙しいとか平気でのたまわっていたような気がする。いや、確かにのたまわっていた。そんな自分が今ひどく羨ましく、ついで過去の自分のことなのにいっそ歯軋りしたいほど妬ましい。
(代わってほしい………あー…ランボのバズーカ、言ったら貸してくれるかな。さすがにもう飴玉じゃ乗ってくれないだろうけど)
 出会った当時は五歳だったランボも今ではすっかり大人っぽい雰囲気の持つ少年となった。見た目二十代なのに実年齢はあれで十五なのだから将来が実に末恐ろしい。
(……今なら何と引き換えに考えてくれるかな。変に色気が出て大人ぶったものばかり欲しがるから、前に言ってたメーカー限定のシルバーチェーンとか……それともやっぱり食べ物で釣るか。ランボの奴、今でも日本食好きだしなー……慰安がてら日本のどっか旅館とか手配して……)
 気付けば本気で交換条件を考え始めていた。
 ああ…結構、わりと、真剣に末期だ。
「……うん。だめだ、もう今日はいい……寝よ。このままじゃほんとに実行しそうだし、これ以上起きててもきっとロクなことにならない気がするし……。よし!」
 思考能力の低下。判断力は普段の三割減。
 仕事を中断させる理由としては何ら問題ない。寧ろ充分だ。
 ―――ならもうすべて明日に回そう!
 思ったら少しだけ肩の荷が下り、身体が軽くなったような気がした。我ながらなんとも現金なものだ。呆れながらも、「うん、そうしようそうしよう」そう、誰に聞かせるでもなく歌うように呟きいて手元の書類を手早く纏めて引き出しの中へと放り入れる。
 ――と、その途中に引き出しの手前に入れておいた一通の封書が目の端に留まり、その手も止まった。
 骸の帰還により一時中断していたことをふいに「あ」と思い出した。それは昼間に自分が書いていたものだった。
「そうだ、これの続きも書かないと……ええっと、まだ送るまでには日があるから………うん、もうちょっと…何か書き足してからにしようかな」
(そのほうが母さんも喜ぶだろうし)
 封をしていないその手紙は遠い故郷、母へと宛てたもの。それは月に一度の便り。
 毎月送ってはいるが、日があるのならなるべく書くことは多いに越したことはない。そのほうが元気にやっていると安心もさせてあげられるだろうから。瞳を細めながら手紙を引き出しの奥へと滑り込ませる。手前に書類の方を置いた。それから席を立って緩々と隣の寝室へと移動しかけ、
(……そうだ)
 手紙に関連して急に思い出すものがあり、足を止めた。
 部屋を横切る前に寝室の扉とは反対側に設けられた本棚へと身を寄せる。そして決まった場所、決まった段から一冊の本をなんなく見つけ出すと、指をかけてするりとそれを抜き取り、中を開いた。決まった所で本の開きを止める。
 見たかったものは変わらずそこにあり、安堵しながら黙ってしばらく眺めていると―――
「またそれか。飽きねえな、オメーも」
「――――」
 一体いつの間にいたのか。
 まるで最初からそこに居て、仕事を切り上げるのを待っていたかのような幼い声が唐突に部屋に響いた。その声に綱吉は一瞬のみ呼気を止めたが、すぐにいくらも動じることなく本を元に戻して静かに首を巡らした。この程度のことならばもう今更驚きはしない。それが時折つまらないなどと言って理不尽かつ一方的な攻撃を受けることもままあるが、反対に驚くと、それもそれで情けないと言って文句をつける挙句、攻撃してくるのだから、どう反応しようとそれもまた今更だった。何をやっても昔と変わりなく叱責される。
 そしてそれが今となっては綱吉には心地好くもある。
「リボーン」
 名を呼ぶと「ちゃおっス」とお決まりの軽い挨拶。
 見ると、リボーンは先程まで自分が身を委ねていた椅子をこれみよがしに陣取って、のんびりと腰掛けていた。今やそこに在ることが身にのしかかる重責の一つとなった綱吉の立場や肩書き、それら全てをまるで気にするふうもなく、相変わらず、本当に何一つとして変わりなく平然とボスの証ともいえる椅子に座る。
 それに自然と頬が緩んだ。たとえその、「変わらない」という言葉が、彼の時を刻むことのない幼い身の上をも含んでしまうものであったとしても。
 リボーンにとって自分が昔と変わらぬ出来の悪い生徒であるように――一般には一流の殺し屋と呼ばれているらしいが――綱吉にとっての彼もまた、ただの手厳しい家庭教師の一人でしかないのだ。そこに変な気遣いは要らない。
「おかえり、リボーン。どうだった、スペインのほうは。ビアンキ喜んでたでしょ?」
 今日はよくよく帰還の出迎えが重なるようだと内心で密かな苦笑いを零しながら、リボーンへと向き直る。表情を窺う前に、まあな、と返る言葉が鼓膜を通り、思ったよりも随分と楽しかったことをなんとなくその声音で綱吉は察知することが出来た。長年の付き合いから、声の微妙な変化で、もう彼が何をどう思ったかくらいはわかるようになった。微細なことではあるが、いつもより若干声が機嫌の良いそれになっている。
「そう、良かった」
 たまには息抜きも必要と、半ば無理矢理スペイン旅行へと送り出した甲斐もこれであったというものだ。喜んでもらえたことが素直に嬉しい。にこにこと我が事のように綱吉は相好を崩す。
「あ、じゃあ、ビアンキは?」
「ああ…アイツなら土産を渡しに弟ん所に行ったぞ。お前にはあとで新ポイズンクッキング・スペイン版をお礼にご馳走してやると言ってたから楽しみにしてろ」
「………は?」
「スペイン風にバージョンアップしていたから殺傷力もぐんと上がってたな」
「ま、また!? またポイズンクッキング進化しちゃったの!?」
「留まるところを知らねえなアレは」
「なに冷静な顔で分析してるんだよ! ま、また獄寺くん倒れちゃうよ! もしかしたら今度こそ死んじゃうかもだよ!」
 考えて。……ああ、と、落胆の声が思わず零れた。
 想像して地を這うような悲鳴が脳裏で低く響いてきたが、今まさにビアンキの訪問を受けているのであろう本人のことを思うとそれはもうすでに幻聴などではなく、本物の、というより実際の呻き声のように思えた。眩暈がする。
「獄寺は大変だな」
「またそんな他人事のように軽く言う………もー、わかっててやってるんじゃないかってたまに疑いたくなるよ。違うってわかってもさ」
 ビアンキの、弟への愛情は本当に何一つ裏のない、光輝くような純粋なものだ。自身の家庭は泥沼だと笑って公言する弟のことを心配し、深い愛情をもって家族のぬくもりというものを心から獄寺に与えようとしている。(実際に与えているのは死ぬほど辛い腹痛なのだが)
 それが動かぬ真実だというのは綱吉も長年ビアンキを見てきて、わかってはいる。それでも、時折その清廉潔白とした家族愛をほんの少しばかり疑いたくなるのは、それが武器(ポイズンクッキング)になるとわかっていて使い分け出来ずに使い続けているビアンキがいるからだった。
 しかしその疑問への回答ももうすでに用意されている。
 つまりは、まあ。
 無自覚、―――なのだ。
 本人とんでもなく無自覚で、そして使い分けが出来ていると信じきって何一つ疑わず、目の前でその大切な弟が自分の手料理を口にして倒れても感激して倒れたものだと、或いは使った食材が傷んでいたのだと思い、愛情で織った自らの道をひたすらビアンキは迷うことなく驀進していっているのである。……ある意味でとんでもなく罪なことをしているのだが、それをいくら説明しても理解が自覚に追いついてこなければどうすることも出来ない。
 つまりどうしようもない、ということだ。
 かくて十年の歳月が流れても未だ、この姉弟の喜劇的な家族計画は間違ったまま驀進し続け、たまにこちらへ被害がきそうな時も、ボスである綱吉の身を案じて、「十代目、ここはオレに任せて下さい……!」と毎度綱吉の危機には自らの身を呈して獄寺は守ってくれるのである。本当に身を呈して。
 そんなこんなで獄寺の不遇な生活は相変わらず十年経った今も前と変わらず同じままなのである。
(可哀相に……獄寺くん…)
 微笑ましいと思えば微笑ましいことかもしれない。
 その思う端から盛大な悲鳴が脳裏で幻聴として聞こえてくるが。
 ついでに自分にはそれを止める術もないが。
 ごめん、と心の中で真摯に謝っておいて、明日一番に見舞いにでも行こうと密かに決める。それが自分に出来る、せめてもの償いだ。(ああ、でも俺が行ったら逆にまた無理しちゃうかな…)
「それはそうとツナ」
「え? なに?」
 獄寺の不幸をあっさりと流し、綱吉の前で小さな家庭教師はいつものように銃の手入れをし始めた。コンパクトに改造された家庭教師愛用のその銃は自身の手に合うように精巧に作られており、一見するとよく出来た子供の玩具のようにも見えるが、艶やかな黒光りを放つ無機質な銃身は決して子供が遊びで使う――使えるような気軽さはなく、逆に重苦しい重圧感をそこに漂わせており、独特の異質感が、踏み込んだら最後、もう後には戻れない危うい世界の一端を見せ付けてもいた。
 人の生命を救いもするが圧倒的に奪うことのほうが多い鉛玉の押し込められた、手のひらサイズの殺傷道具。
 拳銃とは、人が安穏と住む世界の、その外側に在るような代物だ。手にした瞬間から人はその銃と同じ、人の生命を左右する側の危ういものとなる。
 綱吉はその境界線を、銃ではなく、違った意味で越えている。
 銃は苦手だった。いっそ嫌いと言っても過言ではない。
 マフィアのボスでは到底有り得ない話だとは言われるのだが、ボンゴレファミリー十代目のボスとなり、就任して以来、綱吉は自らの身を守る為であっても銃というものを携帯したことがなく、加えて言うならば銃だけでなく、誰かを傷付けるような危険な代物は一切持たぬ主義をずっと頑なに通し続けている。
 それは畏怖されるべきマフィアの世界では至極有名なことで、未だ信じぬ者も多く、そうやって油断させているだけなのだと一層深い警戒心を促すこともあった。
 或いはそれを腰抜けと嘲笑う輩もいる。
 だがそうした者こそがその綱吉の信念における異常さを早々に身を以って知ることとなるのだった。侮っていたからこその、それは、後悔は先に立たずといった態で。
 少し考えればわかる。
 武器を持たない丸腰の綱吉が今までずっとマフィアのボス、しかも血統、格式、歴史、規模、そのどれも一流と名高いボンゴレのボスとしての地位に十年もの間、君臨し続け、健在で居続けることがどれほどのことか。
 常に丸腰に近い綱吉がそうやって今日まで生きてこれた理由―――それは実に簡単なことだ。
 銃や刃物に代わる、それ以上の強さが綱吉には在ったからだ。
 だからボンゴレの現ボスは銃を携帯せず、銃を必要としない。
 そんなことをしなくても綱吉は信じている。
 たとえそれが他からどれほど滑稽に見え、愚鈍と呼ばれるものであっても、銃などよりもずっと誇るべき者たちが自分の側にいてくれ、そして彼らは決して過大評価ではない信頼と信用に足る人物たちであることを。
 彼らは強い。
 銃など足元にも及ばぬ程に。
 だが、ここで間違ってはいけないのは綱吉の武器がそんなボス直属の六人の守護者と呼ばれる、彼らそのものではないということだ。
 綱吉の武器は言ってしまえば彼自身の心、彼らを信じているというその何の殺傷力も持たぬ、深い思いだけに過ぎず、ただその気持ち一つばかりで形成されるものなのだ。当然、そんな目に見えぬ「心」という不確かなものに誰かを攻撃出来るような力があるはずもない。けれどだからこそ、それは武器として誰にも奪われることのないものだった。
 それは唯一にして絶対、
最弱にして最強の武器。
 その心、武器を強くも弱くもさせることが出来るのは持ち主である綱吉だけ。そして絶対的ともいえる綱吉の、彼ら守護者への信頼の形がこの十年の間で崩れたことは一度たりとない。
 それこそ、もはや異常としかいいようのない完璧さで。
 家庭教師はそんな自分とは違い、この世界において最も正常なスタイルを貫いていっている。故にこれがこの世界においての正しい在り方なのだろうと銃を持つ姿を見る度に綱吉も度々思うのだが、いかんせん、元が平凡な一般市民である。自分がマフィアの血統にあると知るまでごくごく平凡な世界をとりわけ意識することもなく生きてきたのを、いくらそうなるべく十代半ばから鍛えられたからといって、自分にとって異常な世界に正常なままで飛び込めるわけもない。
 だから自分の武器はこの心を一つ。
それでいいのだとまた改めて気持ちを強く固めていると、見つめてくる黒目がちな双眸が何かひどく嫌な具合にキラリと煌いた。ダメ押しのようについでににやりと口角も不審極まりなく吊り上る。瞬間的に脳内に危険信号が灯った。チカチカと黄色―――瞬く間にそれが激しく点滅し始める。頬が強張った。
「な、なに? なになんだよ、オレこれでも結構忙しいんだから変なことだったら断……」
「変なことも何も、ただオレからもスペイン土産があるってだけの話だぞ」
「………へ? え、あ……そ、そうなの?」
「そうだぞ」
 意外なほどあっけらかんと返されて思わず変に肩がずり下がった。変に緊張した分、わりと拍子抜けな事実だった。
「なんだ……そっか。そ、それなら別にいいんだけど」
「一体何だと思ったんだオメー。人がせっかくわざわざスペインから土産持って帰ってきたっつーのに……オレとの地獄特訓、礼儀作法からまたキッチリやり直さねーといけねえな。手榴弾と一緒に身体の芯まで叩き込んでやる。感謝しろツナ」
「ていうか感謝も何もそれ死んじゃうよ! なっ何だよ。だってリボーンが紛らわしい変な笑い方するからだろっ」
「………。オメーほんとに失礼な奴だな」
 ぞくりと背筋に冷たいものが走った。点滅していた灯りが急に何の前触れもなく赤に変わる。理由を考える暇などはなかった。
「だが―――良い直感だ。さすがはブラッド・オブ・ボンゴレといったところだな。よし、喜べ、ツナ。褒めてやるぞ」
 そして泣け。
と、なにやら低い声が続けて、さらりと物騒なことを言ったような気がした。
 幻聴だと脳が強制イベント的な危機を察知してそう命令を下してくる。できることなら綱吉もそれを信じたかった。それを虚しいものだと即効で自ら看破してしまうものでなければ、綱吉だって、心底、そう思っていたかった。
 けれど現実はどこまでいっても現実でしかなく、背筋に嫌な冷汗を流し始める綱吉にとってはただもう無慈悲なものでしかなかった。
「ま、オメーには勿体ねぇかもしれねーがな」
「だっ、だったらオレは速やかに遠慮する! もう寝るんだよ、寝たいんだよオレは!」
「そうはいくか」
「なっ!?」
 やおら椅子から立ち上がったと思えば、ぴょーいとまるで兎のように跳ねて、「ちょっ……うわっ、ぐっ?!」あろうことか、鳩尾に強烈な足蹴りを食らわされ、よろけている間に首元のネクタイを奪われた。手をかけられ、ぐいと引っ張られる。
 ぐいっ―――と、全体重をかけて下に。
 下に、引っ張られた。
「リッ、リボ……―――っっ?!」
 途中からネクタイと一緒になって咽喉が絞まり、声が出なくなった。咽喉が性急に絞まってゆく。キュッ、と。音だけ聞くとそれはそれは可愛らしい音を最初に立てて。
 可愛らしく自分の首を家庭教師に絞められた。
「……、………、……っ!!」
 脳裏で激しく灯りが明滅する。色は赤。危険レベルは最大だ。
(な、ななななななっっ)
 だが逃げ場はない。
 逃げようにもネクタイに釣り下がったリボーンの明らかな謀略を匂わす清々しい笑顔がすぐ近くにあるだけで、そのあまりの無体な行為に頬の一つでも引っ叩いてやりたくなったが、そうすると家庭教師がこれ以上下に落ちないようにと支えている己の腕をまず動かさなければならず、
 結果。
 やるとなったらこの家庭教師は本気でやることを知っている綱吉としては自らの首がますます絞まるような愚行に走ることはどうしても出来なかった。
(ほ、本当に遅くまで起きててもロクなことがな……い……ぁ…だめ…だ、落ち……)
 霞がかる世界の向こう側で家庭教師の声がわんわんと木霊しながら響いてくる。それが反論の出来ぬ綱吉に嫌な予感ばかりを促してくる。
遠慮のない鳩尾への攻撃もさることながら、こんなふうに毎度彼の思惑はこちらの理解など及びもつかない遠いところにあって、それは超直感があってもどうしようもない、自分に出来るのは結局その何かを察知するだけなのだ。
「――――――……!」
 痛感しながら、勝手極まるリボーンの声に盛大な文句を顔を顰めて言い放つ。
 馬鹿と言ったか、いい加減にしろと言ったか。自分でももうよく覚えていない。確認しようにも声が出ていないのであれば、そもそも叫ぶだけ無駄であったのかもしれない。
 ただ。
「―――……どっちに転ぶにしろ、いい加減そろそろオメーも決着つけねえとな。いい機会だから思いきり、思う存分悩んできやがれ。後悔なんざ後からしてもしょうがねえ」
 そんな意味不明な言葉が聞こえ。
 だったらまず、何がどうしてこうなっているのかを先に詳しく説明してくれ、そうしたらさっさと寝なかったことを今まさにオレが後悔することもないだろうから! と。
 思う端からほろほろと意識が薄暗い水底めいた闇の中へと引っ張り込まれてゆくのがわかり、こうして苦情の一つも満足に言えぬままにその瞳を閉じ、次に目覚めたとき、自分が間違いなく悪夢めいた現実に襲われているのだろうと冴え渡る直感と共にそれを理解しながら―――
 寝ても覚めても。
 どちらとも……というより、どちらにしろ悪夢なのかと眩暈にも似た軽い絶望感を覚えつつ、愕然と綱吉は気を失うに至ったのであった。







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