9 「―――ツナ、ちょっといいか?」 軽いノックのあと、通り抜けが出来るよう部屋と部屋とを仕切った中扉が遠慮がちに小さく開かれた。 ソファー前の机に向かって筆を滑らせていた綱吉はそれに顔を上げ、僅かに前のめりとなっていた身体も一緒になって引き起こした。視線を部屋の時計へと放ると日付変更線を今まさに超えようかといったところで、まだこんな時間だったのかと少々驚いた。この程度、普段でも充分起きている時間だ。作業に没頭していたのでもう随分と時間が経ったように思っていた。 「山本」 なに、どうしたの? と、室内に顔を覗かせた友を見やると、渡しておいた中扉の鍵を手に、男はなにか言いにくそうな苦笑いを浮かべてその場に佇んでいた。 「いや、それがなあ……」 部屋に入ってこない。 部屋と部屋との境で突っ立ったまま、不自然な位置を維持し続ける。男の不可解な行動にきょとんとしてから首を傾げる。だがそれも一瞬のこと。 基本的にわりと物事に対して大らかな山本がこれほど判然としない態度を取り、尚且つ言いにくそうにしているといったところで……まあ大体の想像がついた。 「なんつーか、その、骸が」 「……………わかった」 だが言葉にして告げられると、その一言の重みがまるで三日三晩徹夜で仕事をした時のように重たく肩に食い込む。 「悪い、ツナ。ゆっくりさせてやりたかったんだがな」 「こっちこそごめん。フォロー、山本に任せたっきりだったね。オレといないほうが落ち着くかと思ったんだけど……」 こちらを見る苦笑いが深まった。溜め息が零れる。よかれと思っての判断だったのだが、結局それも逆効果だったということか。 「一応訊いてみるけど、どんな調子?」 「あー……そうだな、噴火前の活火山みたいな感じっつーか、嵐の前の静けさっつーか」 一見落ち着いているようにみえて、ギリギリのところで保ってる。そんな感じだ。 と。 現状を実にわかりやすく告げられる。 肩に食い込む力がまた少し密度を増した。握り締めていたペンを書きかけの手紙の上に転がし、 「そっか……ごめん、悪いけど呼んできてくれる? それからあとのことはオレに任せて、山本は隣で休んでて」 「ん? ああ、そりゃいいが……大丈夫か、ツナ?」 「まあ……もう、しょうがないよね」 いつものことだし。 諦めの入った笑みを力なく浮かべれば、山本はそれ以上の詮索はせず、何かあれば遠慮なく呼べとだけ言い残して元の部屋へと戻っていった。 手元の手紙に視線を落とし、一緒に貰った封筒に今日はもう書けないだろうなと思いながらそれを中へと仕舞い込む。その途中でキィと蝶番の軋む音がした。扉から人の入ってくる気配がする。 それから扉が閉まってゆく音。 ゆっくりと顔を上げる。 それとほぼ同じタイミングで。 「……奈々さんへの手紙ですか?」 平坦な声が表情無く呟かれた。 一ヶ月に一度の故郷への便り、その習慣は綱吉の近くにいる者ならばわりと誰もが知っている事実だった。それは無論、綱吉の守護者である骸もまた例外なく。 相手から先に話しかけられたことに幾分かほっとしながら綱吉は相好を緩める。 母親の顔がその脳裏を掠めていった。 「うん、今月はちょっと忙しかったし、急な予定のせいで書く暇もなくなっちゃったからさ。明後日が一応出す予定の日だったし、戻ったらすぐに送って貰えるよう時間のあるときに少しでも書いておこうと思って」 「…………」 無表情であった表情が、聞いている最中から見る間に薄く翳っていく。その変化に綱吉は続く言葉がうまく思い浮かばずつい口を噤んだ。 確かに山本の言う通り、骸は荒れている。 落ち込み、先程雲雀にと無理矢理励まされた自分と同じように。 自分ならば大丈夫、平気だとたとえいくら口にしても骸は守護者である事実とは別に、自分を想うがゆえに他者への暴走をまるでいとわない。綱吉が危険な目に遭いそうになったらその力を思うまま、容赦なく解放しようとする。 けれど綱吉は常々その考え方には賛同しかねている。 自身のどんな危機であろうともその為に誰かが傷付いていいわけがなく、それを願ったりも自分はしていない。だからそういった場面になると大抵が「命令」という形を取って、そんな暴走しそうになる骸を事前に制し、押し止めることになるのだが……そのあとは大抵がいつもこんな感じ。 根本的な意識の違いが二つの心の在りようを苦しませる結果となる。特に自分ではなく骸のほうを。 「…骸、座って」 立ち尽くしたままの男にそっと声をかける。 しかしまったく動く気配がないのに、しばらく黙って辛抱強く待っていた綱吉だったが、やがて痺れを切らして立ち上がり、その側に歩み寄って動かぬその手を、「ほら」と言って丁寧に取って引いた。 氷のように冷たいその指先に触れ、思わず息を呑んだのち、意味を悟ってつと顔を顰める。 体温が異様に低い。 しかし何かに緊張して手先を冷たくするような殊勝で謙虚な性格の持ち主ではないので、多分、精神の不安定さがそのまま本人の意識を無視したところで身体のほうへと現れてしまったのだろう。こんなところだけ変に子供っぽい。こんな、いい歳をした、いかにも余裕綽々といった表情の似合う男であるのに。 ……こんなのは似合わない。 「骸、いいから座……」 手を引いてソファーへと先導しようとする。 その途端、逆に腕を強く引っ張られ、足元が揺らいだ。引かれるままに視界が性急に巡る。 気付いた時には手を引いて歩こうとしていた男の腕の中に閉じ込められていた。吐息が首筋にかかる。ほとんど首の後ろに近いのは男の身が小柄な自分の身をすっぽりと覆うようにして抱き寄せていたからだった。 唇が寄せられて、何かを小さく呟く。 もしかしたらそれは、男の滅多にない不安を告げる言葉だったのかもしれない。 未来を憂えた、悲しみの声だったかもしれない。 そう思わせるほど、視界の端を星のように流れていった男の横顔はとても苦しげで、 「…あなたはわかっていない」 困惑する綱吉を己が腕という檻で囲いながら告げるその囁きは、苛立ちの含まれた、それでいてひどく切とした響きを宿したものだった。 また、言われる。 『―――綱吉はわかっているようでわかってないね』 ついさっきも、紡ぐ人間が違うだけで、まったく同じことを言われた。 向けられる、様々な人間からの様々な感情に茫然とし、軽く当惑してから、他にももしかしたら自分のことをそう思っている人間がいるのかもしれないと思いつく。そんな懸念がふいに思考をよぎり、何かが意識の底辺を擦り抜けるように掠めていった。けれど追い縋る間もなく消えていったそれを、別にわざわざ詳しく確かめるまでもないとそのとき綱吉はそう判断した。 こんなふうに男を荒れさせる原因となったのは、自分という存在がそこにあってのことだという紛れもない事実を綱吉は誰よりも正確にわかっているし、知っているつもりだ。これ以上の何が必要だ。 「骸」 呼びかける。 すると反応するかのように背中にあった腕がするりと這い上がってき、無防備なうなじに軽く添えられた。 「このまま――あなたを殺してしまいましょうか? 永遠に誰のものにもならないように。………でもたとえ、そうやって首の骨を折って殺したとしても、きっとあなたはそうした僕のことを憎んだり恨んだりは決してしないのでしょうね。三階から突き落とされている最中ですら相手のことを気遣えるほどなんですから」 「…っ」 冷たい感触に思わずびくりと背筋が震えた。肌に纏わりつく、今にも本当に実行しそうな不穏な空気とまるで感情の籠もらぬ平坦なその声……骸をここまで追い詰めた自分を改めて深く痛感し、理解する。胸が痛い。守護者の任はこんな言葉を吐かせる為にあるわけではないというのに。 深く目蓋を下ろし、焼け付く思いを咽喉元にそっと宿し、それをなんとか自らの内で噛み砕きながら、やがてほんの少しの間を置いて、 「骸はしないよ、そんなこと」 それだけは毅然と言って、瞳を見開いた。 はっきりと告げる。 それ以外の言葉など必要ないと言わんばかりに。否定などどこにも入り込む隙のないように。 それだけは、確固たる意思を込めて固く言い放った。 すると耳元に寄せられていた男の呼気が、一瞬、止まったかのように思えた。軽く触れていただけの指先がぴくりと何かを伝えるよう震えを走らせ、微弱に空気を揺らす。 それを、綱吉は感覚だけで受け止めた。 くぐもった声がすぐ近くで洩れた。 「…どうして………そんなことが言えるんですか。僕があなたのことを好きだから? 愛しているから? だから……あなたのことだけは傷つけないとでも言うおつもりですか?」 「……違うよ、そうじゃない」 そんなことではない。 そんな、……一方的なものではなくて。 すれ違う思いに悔しくて奥歯を噛み締める。それは自分にとってとても大切で、とても簡単なことで、自分がそうであるように相手にもそう思っていてほしい―――実に単純なことだった。 「信じてる、からだよ」 「…………」 「こんな頼りないオレのことを十年もずっと守り続けて、支え続けて……傷付かないように尽力してくれた。そんな骸を、オレが信じてるからだ」 それが、この十年、脆弱な自分を生かしてくれた。生かし続けてくれた。 言うと、骸が何か言おうとしていた言葉を飲み込んだのがわかった。――沈黙。というより、口に出すことを躊躇っているかのような幾許かの間だった。 そして結局は迷った末に骸は重たげにその口を開くに到り、 「……けれどそれでも、あなたは自身のことより他人の身をまず案じるんです。たとえ大丈夫だと頭ではわかっていても、それを見たり聞いたりする僕がいつもどれほど身の凍る思いをしているか……あなたは結局、何一つ本当にはわかっていないんです。今回のことばかりではありません。あなたはどんな時でも、どんなことをされたとしても、ご自分の身の安全よりもまず相手のことを気遣うんです。止められる僕の気持ちなど一切無視してね」 顔が起こされ、そのまま静かに見つめられる。 「違いますか? ボンゴレ」 「それは……」 いつも苛烈なほどに存在を強調してくる赤い瞳と青い瞳がまるで行き場をなくしたように、瞳の奥に深い愛惜と哀愁の影を漂わせながらこちらを覗き込んでくる。 是非を問う声はらしくもなく微かに震えていた。 寥々と。その目蓋の奥に落ちてゆく暗い夜闇のような濃い諦めが、対峙する綱吉の肩を更にずしりと重く、胸の内を苦しくさせていく。……違う、とは言えなかった。血を吐くような男の嘆きに綱吉は何ひとつ否定することが出来なかった。 骸はわかっている。 仮にもし、もう一度同じような状況になったとしても自分の選択はけして翻ることなく、きっと一度目と同じように骸の行く手を遮って止めてしまうであろうことを。 そして自分がそれに躊躇わぬだろうことを。 今までもずっとそうしてきた。 きっとこれからもそうしていく。 すでに答えの出ている互いの見解の違いは、相対する男に何も生まぬ絶望を植え付けるだけだった。あまりに意味がない。こうやって話し合うたびにそれを自分たちは思い知るばかり。 「あなたを諦めきれない限り、僕はずっと、そうやって……苦しみながら生きていくしかないんでしょうね」 自嘲気味に笑い、つい最近されたのと同じように額にかかる髪を横に軽く払われた。 視界が開けて真っすぐに落ちてくる色違いの瞳が綱吉の視界を鮮やかに彩った。 指先が額を降りて、頬へとかかる。 注がれる眼差しは慈愛だけに留まらぬ、男が自分へと抱く恋慕の情の色を切なげに浮かべている。 それは綱吉のものとはけして重ならない感情。 そこに、同じ気持ちが宿ることはなく十年が過ぎた。 十年もの、とても長い年月が。 「それでも…あなたを愛しています。あなただけを愛しています。あなたがいるから僕はこの世界を生きていられる」 熱を帯び始める指先から常にない予感めいたものを読み取り、綱吉は咄嗟にその場から身を引こうとした。だがそれよりも先に頬にあった手が綱吉の頤を持ち上げ、逃げる背を空いたもう一方の腕で強く押し留めた。 驚きに大きく目を見開く。 「むく、―――んう…っ!!」 噛み付くようなキスが強引に落とされる。 すぐに唇を割ってするりとあたたかい熱を持った舌が中へと押し入ってき、自分のものではないそれに綱吉は目を見開いたままで軽くパニックに陥った。骸の胸へと手をやり、離れようと懸命に腕を突っぱねる。 だが歯列をなぞり、怯えて奥に逃げようとする舌をなんなく絡め取って成されるその深い口付けにチカチカと激しく意識が明滅して、与えられる刺激にうまく腕に力が入らない。 「ん……っ」 口腔を荒らされ、蹂躙される度に腰から這い上がってくるものに身体が大きく震えた。思考が奪われ、次第に意識さえも息が上がって朦朧となってゆく。けれど舌と舌の粘膜が触れ合うと、胡乱になりかける意識は現実へと急速に引き戻され、頼りない身体の中心をもどかしく疼かせた。 これまでの人生、男とキスをしたことがないとは言わない。 不意打ちのキスをされたことは何度かある。 だがそのどれも、掠めるような些細なものであったり、小鳥が戯れで啄ばむようなごく軽い挨拶のようなそれであったり―――こんなふうに肉体と精神が成す術もなく掻き乱される、乱暴で強引なキスをされたことは一度もなかった。 そんなふうに骸が荒れたままで自分に触れること自体がそもそもなかったのだ。 「…むく…っ……ん、ふっ」 本来幸福を与え、享受する為の行為が、苦しみと痛みに満ちている。唇が微かに離れる、その合間に制止の声を上げながら、そんな荒れた骸の気持ちに綱吉は堪えきれず涙で瞳を滲ませた。 息が上がり、抱きしめてくる男の力が一向に緩む気配をみせぬことに徐々に綱吉の胸が上擦ってゆく。そして何も考えられないほど意識を乱されてゆく。 「や…め…っ、……骸っ!」 それでもどこかで漠然とわかっていた。こんなふうにいくら手荒く扱われたとしてもわかってしまう。 こんなキス……骸自身、本当は望んでいないということを。 それはとても悲しいことだった。 それから一体どれほどの時間が経ったか、いっそ情熱的とも言えそうなほど激しく長かったキスは奪っていった時と同じくらい唐突にその終わりを告げた。 それは男の身を突っぱねる為に置いていた自分の手がいつの間にか相手に縋るものとなっていたことや、溢れる涙に知らず目蓋を下ろして男の情欲を受け止めていたことへと俄かな羞恥心を綱吉の胸に喚起する瞬間でもあった。 顔を離した骸が、唾液で濡れた綱吉の赤く腫れ上がった唇を指の腹で丁寧に拭う。 その仕草はとても自然ではあったもののあまりの恥ずかしさに綱吉は何も言えなくなってしまった。そんなの、まるで恋人同士の睦み合いようだ。これはそんな優しいものではなかったのに。 意思など必要としない、奪うだけのキスだった。 そんな茫然自失の態にある綱吉を見て一度だけ微かに骸が笑った。 寂しげにそうやって笑って、 「奈々さんが可哀想…ですね」 ぽつり、と。 呟かれた、思いもかけぬそれに大きく目を見張った。 「な…っ!」 突然の母親の名―――まったく思いもしなかった急なことに、綱吉の顔が今しがたの行為以上に羞恥で赤く染まる。 「だってそうでしょう? 大切な一人息子がこんなところでこんなふうに乱暴に扱われているなんて……何も知らない奈々さんは可哀想です。今、この瞬間にもたった一人、日本であなたからの手紙を彼女は待っているでしょうに」 冷水を浴びせられたかのようなショックに、足元がふらつき、それを成した本人によって支えられて危うげながらなんとか転ばすに済んだ。けれどその間にもずっと胸は激しく震えていた。歯の根もうまく噛み合わず、咽喉は呼吸の仕方を忘れたように大きく幾度も引き攣り、ただガチガチと奥歯が鳴るのだけが動転して飛び交う意識のなかで酷く耳障りな音として聞こえた。それ以外は真っ白だった。 「何…言っ、て」 うまく言葉にならない。危うく舌を噛みそうにもなって、冷静になるべく乱れた息を吸い、頭を振った。 「か、母さんは関係ない……!」 困惑を吐き出すように。 或いは叩き付けるようにして怒鳴る。 そう―――関係ない。 これは自分たちの気持ちの問題なのだから。 関係あるはずがなかった。 思いながら次第に冷たくなってゆく指先をぎゅっと固く手の内に握り込み、出来る限り毅然とそれを言い放とうとした。だが語尾は気持ちとは裏腹に情けなく震えてしまった。 心を正常に保つことが出来ない。 けれども、それでも自分は言わなければならない。そんなのは間違っている。 「骸は……大切な仲間なんだ。オレにとってもう家族の一員なんだ。だからオレは……」 仲間として、家族として。 その気持ちは受け入れられない。 それだけだ。 たったそれだけの、とても残酷な現実の上にある結論なのだ。 そこに自分の親云々は関係ない。関係あるはずがない、と、幾度も幾度も念じるようにして思う。 (なのに…なんで――母さんのことなんか) それはまったく予期せぬ、降って湧いたかのような寝耳に水の言葉であり、予想もしていなかった指摘だった。 骸は薄く笑う。 まるで綱吉の否定を端から信じていないように。 「つまり奈々さんのことは関係なく、単純に僕に恋愛感情を持てないだけ、ということですか? ……ええ、知っていますよ。十年もの間、ずっと聞き続けた言葉ですからね。もう聞き飽きました。あなただってもういい加減言い疲れてもいるでしょう。でも事実です。あなたはずっと奈々さんのことが気にかかって、僕とのことは本気では考えていない。いえ、考えないようにしているといったほうが正しいでしょうか」 「そっそんなこと…っ!」 「―――ない、とは言い切れないはずです。だって思い浮かぶでしょう? 僕に好きだと言われるたびに、故郷に一人でいらっしゃる奈々さんのことが」 依然、腕の中に閉じ込められたまま、返る言葉が刃となって襲い掛かってくる。嘲笑うかのようにざっくりと斬り込んでくる。 「それとも自覚がなかったのですか?」 容赦は一切なかった。 「……っ」 「まあもっとも僕も気付いたのはここ数年のことですから、あなたが無意識に僕へと母親という線引きをしていたのに気付かなくても、無理のないことなのかもしれませんね。実にあなたらしいことだと思いますから」 留まることのない攻撃的な言葉が次々放たれる。あまりの言いように聞きながら次第に憤りが募っていくのを綱吉は止められなかった。自分のことを信じてもらえないことがひどく悔しかった。 「骸、お前……!」 「おや? 図星ですか」 クフフと特徴的な笑みを零すその顔を湧き上がる怒りできつく睨みかけ、 ――――フッ…と。 突然。 (……あ…れ? でも……攻撃的、って?) 荒れているからとは説明しがたい、違和感めいたズレを急にその怒らせる肩に感じ、はたと綱吉は動きを止めた。そんな綱吉の様子に気付き、骸も何か思うところでもあるように浮かべた笑みをふいにその奥に潜めた。 あっさりと男の腕が綱吉を囲う檻を解く。促されるままに一歩、自由となった足が背後へと後ずさった。そうしながら、 「……骸?」 「―――――」 不審を問い掛ければ男は無言で不透明な笑みを浮かべた。 それを確認して、遅まきながらの直感がやっと綱吉の中で働いた。綱吉の嫌がることをして、敢えてわざわざ口にしたくもない事実を声にして―――骸が本当に傷付けているのは「誰」であるのかを。 やっと、気付いた。 「お前……」 骸は笑っていた。 どこまでも。 どこまでもどこまでも、残酷に、酷薄に。 言葉の刃を突き立て、血を流し、自らを袋小路へと追い込んで傷付けながら―――、 それでも尚、綱吉の為に。 「こんな僕に好かれて―――あなたも奈々さんも、とても可哀想だ」 綱吉の背負う痛みを想って哀しげに笑った。 それはまるで自らに止めを刺すかのような儚さで。 |
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