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(終わっ――た?)
 その瞬間。
 胸に去来したのは土方らと合流した時に感じたような、嬉しいのに泣きたい、そんな激情の狭間にあった深い安堵ではなく、本当に全てが終わったのかという亡羊とした疑念であった。
 あまりにも目まぐるしく時間が過ぎた。
 息も絶え絶えに駆けていたときとは違い、現状を前にして言葉にならない、声にして紡げないまま、千鶴は立ち尽くす。
 終わった。終わったのだ。
 自分に課された役目と、そして今ここに皆がいる理由、その全てが。
 この瞬間を以って全ては収束し、終わりを告げた。
 そう、おぼろげながら理解した刹那、重たい疲労がどっと千鶴の背に覆い被さってくる。手足が鉛のように重かった。胸にも何か、重たいものを詰め込まれたような、そんな錯覚を覚える。
 抗い難い虚脱感に見舞われるさなか、ご苦労さんと、普段は滅多に話すことのない平隊士の誰かが、池田屋を前に、一人佇む千鶴へと労いの声をかけてくれる。
 それをどこか遠いところで聞きながら、千鶴はけれどその場にただ茫然と立ち尽くすばかりであった。
 身体ばかりでなく、思考すらも重みを増してゆくなかで、その眼に池田屋の討ち入りにおける顛末――まだ終わったばかりの事の惨状を静かに映す。
 やがて、……私は、と口の中だけでそれを唱えた。
 自然とそれは浮かび上がってきた言葉だった。
 その横を、声をかけた隊士が通り過ぎてゆく。他にも何人かが通り過ぎていった。
 毅然と歩く隊士もいれば、傷付いた仲間たちをその肩に担ぎ、言葉少なに俯いて歩く隊士もいる。
 池田屋への討ち入りで出たこちらの被害は隊士一名が死亡、命に関わるほどの深手を負った者が二名――……きっと彼らは助からないだろう。
 他にも負傷者は多数いた。そこには命に別状はないものの、沖田と平助の名も連ねられ、挙げられていた。そうやって皆、大なり小なり傷を負い、自らの血を流した。
(だけど私は)
 俯いて自らの手を見る。
 そこにあったのは、綺麗で、何の穢れもない白い手のひら。
 労ってもらえるような苦労など何一つしていない自らの手。
(……役に、なんて……立たなかった)
 この夜、ただ自分は走っただけだ。
 山崎に守られ、そうして前だけを見て。
 皆のように傷一つさえこの身には負っていない――思ったところで、ふいに思い出すことがあった。
「あ……山崎、さん?」
 夢から覚めたように瞳が瞬いた。
 それから今の今まで、どうしてこんな大事なことを忘れていたのかと慌てて辺りの様子を窺った。
 視線を左右に、その求める姿を探す。
 けれど視界のどこにも山崎はいない。その姿はどこにもなく、なんとなく霧のように立ち消えてしまったような印象ばかりが立ち尽くす千鶴の視界を覆った。土方に訊こうにも彼は彼で忙しそうにしている。他の者も然り。おかげで千鶴は途方に暮れる他なかった。
 困った。
 声に出さずそう思う。
(だって私まだ何も)
 身を呈して道行きを守ってくれた彼に、何一つ、礼の一つも満足に言えていないのだと、そんな悲嘆とともに。