1P目からネタバレしてるのでご注意あれ。







 ( 巡り会う、その星はただひとつ )



『 ポラリスを越えて 』


01 小匙一杯分の愛情を。(ヨウスケ&タクト)
02 世界の端からノックして。(ユゥジ&ヒロ)
03 聖者にはなれない。(カズキ&ヒジリ)
Extra*Track(長官)



「どうかね?」
 薄い唇に仄かな微笑。
 物静かに問いかけてくるその顔をじっと見つめ、
「……わかりました。お引き受け致します」
 一呼吸置いてからアキラは神妙に頷き、了承の意を示してみせた。そうしたあと、次の瞬間から、今日はどういった騒動を目の当たりにするだろうかと様々な懸念と想像とが頭の中を目まぐるしく駆け巡ったが、およそボケとツッコミの応酬くらいしか思い浮かんでこないのに、とりあえずは絶望的な問題点をひしと肌で感じ取る。
 たぶん最初こそ真面目な話をしていたはずが、気付けばいつの間にか話は逸れ、盛大に脱線した挙句、明らかにおかしな方向へと捩れ曲がって落ちていくような気がする。
 予想されるのはもうそんな目を覆いたくなるようなひどい惨状ばかりで、すでに頭痛のほうまで先行して発生してくるのに頬がひくりと引き攣りそうにもなる。想像で頭痛が起こるなど、もはやさすがとしか言いようがない。仮にも相手はこの世界をナイトフライオノート――紅の世界の脅威より守れる、唯一にして絶対の手段、世界規模の大ヒーローだというのに。
(でもその自覚が一部あまりないっていうのが、そもそもに問題なのよね)
 というよりすでにそこから問題が発生しているのかもしれないが。
「前回とあまり代わり映えのない任務だがよろしく頼む」
 しかし満足そうにその目を細める石寺の期待は、当の問題を払拭させる術でもあるのだ。はいと背筋を伸ばしながら応え、やる気も新たに改めて気合いを入れ直す。
死線を潜り抜ける最前線での危険な任務を思えば、今回与えられたそれは、それほど難しいものではない。
 不安を押し退け、顔を上げる。
「お任せ下さい、石寺長官」
「……ほう、頼もしいことだな」
 見つめる先で、椅子に座した石寺がその口元を鬱蒼と緩める。
 そうして静かに笑ったようだった。



***



「すこし落ち着け。タクト」
「キミが僕の話をちゃんと聞いてさえくれれば、僕はすぐにでも落ち着ける!」
「今日の昼はエビフライだ。もうすぐ出来上がるからすこし待ってろ。食べればきっと落ち着く」
「………………今、僕はエビフライの話をしていたか? していないだろう!? キミはなんだ、カズキか! ちゃんと会話のキャッチボールを……いや待て。違う! ヨウスケ、今キミは何気ないふうを装って実は確信犯的に話を逸らそうとしたなっ?!」
「……………」
 思わず黙ったヨウスケに、
「え? そうなの、ヨウスケくん?」
 瞳を瞬かせながら驚いてヨウスケを見返す。だが反応らしい反応は特にない。見事なまでのポーカーフェイスを作る。そのままそうだともそうでないとも言わないので、アキラにはヨウスケの真意がどちらともにも汲み取れてしまう。だがそう戸惑ったのはどうやらアキラだけだったらしく、
「フッ、やはりな。だがそんなものにこの僕が引っ掛かるものか!」
「シイタケ入り中華スープもあるぞ」
「―――それは断固拒否するっ! いい加減シイタケに固執するのはやめるんだ! どうしてそこまでして僕にシイタケを食わせようとするっ!? 一体シイタケの何がキミをそこまで駆り立てるんだっ!?」
 タクトの怒声が、わりとそれなりなボリュームで甲高く廊下に響き渡る。ドアがなければ全部筒抜けだが、しかしあってもさほど変わりないように思えるのはアキラの気のせいだろうか。
「全部タクトの為だ」
「その当人が必要ないと言っている!」
「そんな話は知らない。シイタケは必要だ。これからもシイタケは入れ続ける」



***



「助けてアキラさん!」
「わ。なに? え、えっと……どうしよう」
「なっ?! さ、作戦考えてる!?」
「だってアキラさん指揮官だもん」
「敵か! 敵なのか俺は!」
「あ、ごめん。つい」
「ついって!」
 ガガーンとショックを受けたふうにユゥジが顔を引き攣らせる。
 それを焦ってフォローするも、くすくすと軽やかな笑い声が近くから聞こえてくる。ヒロだ。目が合うと、「ユゥジ、おかしいよね」と笑いかけてきてくれる。
 こんなふうに気軽に笑ってくれるようになったヒロの成長を目の当たりに、アキラはユゥジの気持ちがわかる気がした。
 手をかけ、目いっぱいの愛情とともにそばでその成長を見守ってきた。子供がいつまでも小さなままではいないこと。それを誇らしく思うものの、まだもう少し、もう少しそのままでいてと願う気持ちもやはりなくすことはできない。心のなかに溜まるそれに、いつだって置いていかれる者のほうがさみしい思いをする。
 何故なら見守ってきた者として隣に立つのではなく、最後にはその背を見送らねばならないから。
 子がいつか親の手を離れていくように。
(親、か……。おとうさん、おかあさん、今頃どうしてるかな)
 先程もヨウスケたちと居て思ったそれを再び思う。けれど長く離れていたせいか、考えれば考えるほど何故か両親の面影は危うげで、その事実に胸を衝かれるような気持ちを味わう。
 両親の為。世界の為。
 変わらずそれは、自分にとって大事なものであるはずなのに。
「……アキラさん?」
「え?」
 気付けば、どうかしたのと眉根を潜めて訊いてくるヒロがいた。



***



「で、カズキくんはどうしてそんな格好しているのかしら?」
 言いながら、もはや動揺の一つもよぎらない。そのくらいにはカズキの奇行には随分と慣れた。が、それでも湧いた疑問をそのまま放置できるほど己の平常心は鉄壁にできてはいない。
 カズキの格好を見てまずは素直に一言。とりあえず直球で問いかけてみると「イエス、ティーチャー!」と朗らかにこれに応えながら、カズキは満を持したように言った。その口許に小さく尖った、作り物の牙をチラリと覗かせながら。
「ピクチャーはミュージックだからね!」
「……。うん……」
 よくわかった。
 わからないのがとてもよく。
 そんなアキラに、教室の窓際でヒジリが若干呆れ気味に、或いは黙っていることができなかったか。
「いや意味わかんねぇし。ていうかそもそも質問の答えになってねぇじゃん」
 明らかおかしいだろと率直に突っ込んでくる。
 それにカズキの目がヒジリへと向いた。
「ホワイ? 何故だいヒジリ」
「……何故とかいう以前の問題だってはやく気付こうな?」
 続けて突っ込むヒジリの眼球に、アキラと同じ、真っ赤な裏地の闇色マントと、まるでこれからパーティだと言わんばかりの黒を基調とした正装タキシードが、先ほども述べた作り物の牙と共々、はっきりくっきりと映り込む。平生の学園内でこれを無視するにはあまりにインパクトがありすぎる。無駄に似合っているから余計に。
「つまりユーもしたいんだね、ヴァンパイアコスプレ!」
「んなことひとっことも言ってねぇよ」
「オーライ、大丈夫、問題ナッシングさ! 衣装はまだあるよ、ほらヒジリ!」
「あんのかよ!? ていうか普通にどこから出してんだよ!」
「あそこはたしかカズキくんのロッカーよ」
「いやオマエも真面目に答えてんじゃねぇよ!」
 突っ込みつつ、ヒジリがもう手に負えないとばかりに宙を仰ぐ。
 その後、がっかりと肩を落としたところを見ると、何かをとても落胆させてしまったらしい。



***



「報告は以上です」
 戦闘後、定例通り事後報告にやって来た少女は、僅か十七で最前線の総指揮を任されたに相応しい態度でその報告書をきびきびと読み上げる。
「ご苦労だった、麻黄教官」
 労いの声を掛けると、間髪置かず、いえ、と伸ばされた背筋が礼の形を取る。俯いた顔が上がると、肩よりも短い髪が頬の辺りではらりと緩やかに揺れた。色素の薄い茶系の髪が目に映る。
 そして。
「……いつもその髪型だな、君は」













それは、忘れられるはずのないことだった。