「うわ」
 冬休み二日目。
 目覚めると黒い円筒状のものが眼前にあった。驚いたあと、即座に家庭教師の仕業だと理解し、持ち手を紐で括りつけ、目と鼻の先にくるようセットして天井より吊り下げられた、玩具の拳銃を一先ずは黙って見上げる。
(……一体いつの間にこんなものを仕掛けたんだ)
 気付かなかったのは家庭教師が一枚上手であっただけか、それとも単に自分が愚鈍であっただけなのか。きっと両方だろうと思いつつ、しかし相変わらず家庭教師の挙動は謎に満ちすぎていて綱吉にはとんと理解不能だった。
「普通にないし、こんなの」
 用意周到にも紐の先は天井から部屋のドア、取っ手のほうにぐるりと巻きつけられており、つまり誰かが入ってきたら即発砲、という、悪戯な仕掛けになっていた。軽く首を巡らし、部屋の時計を見る。時刻は午前八時、五分前。母親はいつも八時きっかりに起こしにくる。冬休みだとてそれは変わらない。故にたった五分。されど五分の猶予にほっとその胸を撫で下ろしたとき、
「助かった。ギリギリセー……」
「ツー君、朝よ。そろそろ起きなさい」
 唐突にがちゃりと部屋のドアが開いた。言葉もなく大きく目を見開く。
「――あら?」
 そしてピン、と張った紐に次の言葉は出せなかった。



 にこにこと上機嫌に母親が笑う。
「ふふ、朝から大変だったわね。ツー君」
「……他人事だと思って」
 言い返しながら顔をしかめる。
「いいじゃない。リボーンちゃんはツナに色々と楽しんでほしいのよ」
「それってオレで楽しむの間違いじゃ……」
 朝っぱらから作為的に水浸しにさせられるのはけして楽しいことではない。
 断じて、ない。しかも銃――いや、今回の場合は水鉄砲か――にこめられていたのは真水ではなくご丁寧にも塩っ辛い塩水だった。当事者としてはただの嫌がらせにしか到底思えない。
「母さんの感性はおかしいよ。絶対間違ってる」
「そうかしら?」
「そうだよ」
(しかもそれに気付いてないから余計性質が悪いし)
「大体人の時計まで勝手にいじってって……用意周到すぎるよ」
 そんな傍迷惑な時限爆弾を仕掛けた家庭教師は現在朝から外出中だという。
「デートかしらね」
 ことさら楽しそうに言われてがっくりときた。
「だったらそのまま一週間ぐらい、どっかでのんびりしてきてくれたらいいのに」
 流しに移動しかけていた母の足がふと止まる。
 何かと思い、顔を上げてみれば、
「……ツー君、一週間でいいの?」
 などというおかしな質問を寄こされた。
「え? だって、一週間もあったら充分……」
 途中でハタと我に返った。母親の笑みが深まる。その笑みが――自分の、家庭教師が帰ってくることを前提にしての発言にかかってのものだと遅ればせながら気付き、…うわ、と。今朝と一緒の、けれど今朝よりもずっと感情の籠もった鈍い呟きが思わず洩れた。何かひどく気恥ずかしいことを当然のような顔をして言ってしまった。羞恥が顔の全面を照り返しようにじわじわとあぶってゆく。
「い、今のナシ、ナシだからね母さん!」
「照れなくてもいいのに」
「照れてないから…っ!」
「はいはい。じゃあ、そういうことにしておくわね」
 くすくす笑いながら母親が流し台の前に移動する。キュッと蛇口の捻る音がして、すぐに水音が銀色のシンクを叩き始めた。
「それで? ツー君、今日はどうするの?」
「……昼からちょっと出かけてくる」
 話題を変えられたことに、ほっとするような、しかしぎくりとするような両極端で落ち着かない心地になりつつ、神妙に答える。まさか見透かされているのではないかと一瞬いぶかしんだが、洗い物に勤しむ母の背にはそういった気配はどこにも見受けられない。――大丈夫。気付かれてはいない。
「あら、ツー君も? もしかしてまた成績表を探しに?」
「う、うん……昨日は行けなかったし」
 後ろめたさが箸を握る指先を微かに震わせた。
(ごめん。母さん)
 ―――成績表ならば、昨日、もう届けてもらっている。
 本来ならばそう言わねばならないのだが、そう報告する前にもう少しだけ綱吉にはしておきたいことがあった。友人二人に口止めしてでも、家庭教師の小言を我慢してでも。本当に、ささやかな、この胸の痛みに似合いのちいさな願望。
(お礼は言えたけど……結局名前、聞けなかったし)
 気まぐれと言ってもいい。
 なんとなく後ろ髪を引かれるような気持ちで普段はしないようなことをしようとしている。
 けれどどうしてか、まるで本当にただの通りすがりであったかのように消えていったあの背が、神経質そうな横顔とともに意識の底に張り付いて消えないのだ。
「それはいいけど……今日は外、寒いからあんまり無理しないようにね。もしも見つからなくても、きっとそのうち見つかって、だれか親切なひとが届けてくれるわ」
 微笑む母親の励ましに嘘を吐いたまま「そうだね」と曖昧な相槌を打つ。
 そうして引き出しの奥にひっそりと隠し持つ、汚れた成績表を思い出しながら、あんなひどい成績を見られてまた会うとなったら相当気まずいだろうなとそんな悠長なことを少しだけ考え、湯気の立つ味噌汁にゆっくりと口をつけた。あたたかい、いつもの母の味だった。



 午後から降水確率が上がるというので折り畳み傘を持たされ、家を出た。肩にかけた森林マークのトートバッグは、「冷蔵庫の中で少し買い足しておきたいものがあるの。ツー君、帰りにちょっと買ってきてくれる?」との母のリクエストで買い物を頼まれたからだ。財布だけ持って身軽に行こうと思っていたら急にそんなことを言われ、恥ずかしいからやだよと玄関先でごねて嫌がっていたら、最終的に折り畳み傘を止める間もなくぽんとバッグの中に放り込まれてしまった。
「ちょっ……!」
「ほら、ちょうどいいじゃない」
 かっこ悪いという文句は笑顔で軽く黙殺され、「いってらっしゃい」との駄目押しで結局はそのまま送り出される羽目となる。なんだかんだと母の言葉にひどく弱いのを嫌というほど痛感しながら、吐いた息がほんのりと視界を淡く染め変えてゆく光景をぼんやりと見つめた。
 空は天気予報が告げていた通り、確かにいつなんどき雨が降ってきてもおかしくない、薄暗い曇った顔を遠くの方まで覗かせていた。
(雨、降ってきたらやだな)
 自らこうすると決めて出てきたのに、もう若干後悔している。元々大した意思の強さを持ち合わせていない上に、気まぐれで出てきたので、こうやって感情の振り幅はその時々の状況によってコロコロと変わる。
 気まぐれ。適当。天邪鬼。その言いようも様々に。
(さがしたいのは山々なんだけどな……)
 空の様子に、段々とべつにさがすのは明日でもいいような気がしてきた。取り立てて急いで捜したいわけでもないのだから。
(ていうかなんでオレ、今日にしたんだろ)
 溜め息とも吐息ともつかぬ呼気を一つ吐き出すと、白いモヤが束の間宙に常駐した。そうして空に溶けるようにしてモヤが消えていくのと同時に、片耳から片耳へ、甲高い騒音が一直線に綱吉の聴覚を奪い、突き抜けていった。
 はっとして顔を戻すと、後続して電車の車体が視界の真ん中へと滑り込んできているところだった。途端、今まで立ち尽くしていた人々が急にがやがやとざわめき始める。俄かな現実が戻ってきたのを感じた。
 忙しい人の波が綱吉を包み込んでその躊躇う背を押してゆく。考える間もなく綱吉の足は人波に合わせて勝手に動いた。
 並盛から隣町の黒曜へは普通電車で三駅。
 ……雨、降らないといいな、と曇った窓ガラスを見ながら綱吉は思った。



 比較的平和な並盛町には、噂では影の支配者がいるという。
 その影の支配者は、さすが支配者と名が付くだけあって、市長よりもずっと偉く、ずっと怖いものらしい。並盛ではちょっとした…どころではない、ひどく有名な話だ。おかげで夏の怪談話に打ってつけの怖い話がごろごろと転がっているのだが、影というわりに支配者は表立って頻繁に動いているようで、怖がらせようと話し始めると、即座に泣き出す者がいたりもするので、怪談話にならない。怪談話よりも余程怖い「もの」だと並盛ではひっそりとそう認識されている。もはや都市伝説扱いにも近い。が、とりあえず平和に過ごしていれば特に何の問題もないので、大半の人間は、穏やかな暮らしの中で子供の躾などにこの話を持ち出し話してきかせる。もちろん、綱吉もされた。躾と称して面白がった父親にあれやこれやと怖い話をとめどなく。
 そのせいで怖がりに拍車がかかったと言ってもきっと過言ではないだろう。
(……トラウマだよ、あれはもうほんと)
 あと、そのせいで自分の中の父親への信頼感が少しばかり減った。昔のことだが今でもよく覚えている。  
 ずっとずっと、そうやって並盛の町を影で支配し、守ってきた不思議な支配者の話。自らが生まれ育ってきた町だが、並盛は不思議な町だと思う。わけのわからぬものに支配されているらしいのに、近隣ではどの町よりもずっと平和で、治安も安定している。
 対して黒曜の治安はというと、町の中でキッパリと良いと悪いが二分されており、ある意味、とてもわかりやすい町でもあった。駅から少し歩いたところに一本の長くて立派な坂道があり、そこを境に、見るからに階層の違った家が整然と、そして雑多に立ち並んでいる。まるで相反するものを無理矢理一つの輪のなかに押し込めた結果こうなった、と言うように。
 水と油みたいな分かれ方だなと最初見たとき、そう思った。
 実際には「庶民」と「富豪」と言うべきなのだろう。
 黒曜は貧富の差がはっきりしていると話には聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。見た目単純だが、区分けの空気が嫌な感じに人の思念に絡まり、澱んで漂っている。こういったところは苦手だった。悪ければ具合を悪くするときもある。
(あんまり長居したくないな……)
 じりじりと背中の焼かれるような焦燥を引き連れながら、混沌とした町の中をあてどなくひっそりと歩く。自然と足は整然とした町並みのほうに向いた。その選択に、誰が見ているでもないのに妙にびくびくと怯えている自分が滑稽だった。
 背を丸めて息を殺すようにして歩き、不慣れなこの町でこれからどこに行こうかと考える。さがしている彼がいそうな場所。黒曜の生徒だろうという情報以外、他に何も与えられていないのですべては己の勘に頼るしかなかった。
 考えていると車道を隔てた反対側の坂道より人が数名降りてくるのが見えた。
 ぎくりと頬が強張ったのを感じつつ、できるだけ視線を合わさぬようにアスファルトの沈んだ色を眺めながら俯きがちに歩いた。道を隔てているのに弾けた笑い声がこちらのほうまで届いて、嫌でも話の内容が聞こえてくる。けして聞きたくはないのに。
「……でさ、そんだけでビビッちまったらしくてさあ、オロオロし始めて、もう見ててマジウケ!」
「そりゃ確かに笑える話だな」
「んで最後はどうなったんだよ?」
「泣きながら家に電話。助けてママーってな」
 おどけた声色にどっと笑い声が湧き起こる。
 詳しいことはよくわからなかったが、それでもあまりいい話でないのだけは確かだった。不穏当な気配が言葉の端々から察せられる。ドラマか何かの話だと思いつつも、じわりと爪先から這い上がってくる薄暗い翳りを無視することができず、無意識に顔を横へと逸らす。さすがに耳を塞ぐことはできなかったので、せめてと思い、そうした。
「わっ?!」
 どんっと鈍い衝撃が肩を押したのはそんな直後のことだった。突然のことによろめいて顔を上げると、今日の空模様によく似た灰色がまず視界を覆った。その正体が編み込まれた毛糸のショールだと気付く頃、ようやく綱吉は自分が人にぶつかったのだと認識した。
 小柄な老婦人だった。慌てて腕を伸ばし、か細い背に手を添わせる。
「だ、大丈夫ですか!? すみません……!」
「大丈夫よ、少し驚いただけだから」
 おっとりと返され、怪我などはしていない様子にほっとする。手をのけ、ごめんなさいともう一度謝ると、いいのよ、と婦人は綱吉へと目尻の皺を深めて穏やかに笑ってみせた。
「……すみません、ちゃんと前を見てなくって」
「そんなに謝らなくても平気よ。ほら、心配しないでちょうだい」
 頭を垂れる綱吉の肩をゆっくりと上下にさする。まるで子供をあやすような手つきに、そういえば昔、寒い日にはこうして母親も冷たくなった自分の手や頬をあたためてくれたなと思い出し、ふいの懐かしさが急に胸を巡って少しうろたえる。そんな綱吉をどう思ったのか、
「あなた、違う町の子? どこかに行く途中だったの?」
「え、あ、は、はい。でもどこってこともなくて…ちょっと人を捜してて」
「人を?」
 思わぬ言葉を聞いたように目を丸くされる。
 それに「はい」と頷くと、軽い気持ちで探し人の特徴を口にした。もしかしたら少しは手がかりを得られるかもしれない……とは、確かに少しは思ったが、まさか外国人の少年で、との最初のくだりで「あら」と婦人が軽く目を瞬かせ、青い目をしたおそらく黒曜の生徒、という説明が終わる頃には「もしかしてあの子のことかしら…?」と首を傾げられるとは思いもしていなかった。
「違ったらごめんなさいね。でも似たような感じの子が同じマンションに住んでいるの。黒曜の制服を着て登校しているのも何度か見かけたから……多分、そうじゃないかしら? 外国の子なんて、この辺じゃ珍しいことだし」
 ああ、でも、と婦人は続けた。
「その子、いつも眼鏡をかけてるのよ。あなたの言うその子はかけていないのね?」
「あ、はい……かけては…なかったです」
 思い返す限り、特に目が悪そうには見えなかった。
「なら違うのかしら? 何度か話したことがあるけど……落ち着いた、とても感じのいい子なんだけど」
「えっ、そうなんですか?」
 眼鏡は、もしかしたらコンタクトをしていたという可能性もあるが、その一言で少し婦人との印象のズレを感じて綱吉は婦人と一緒に首を捻った。少なくともあのとき綱吉が接したあの彼にはおよそ愛想という愛想がまるでなかった……ように思う。
 これ、と。ぞんざいとも言える態度で成績表を突き出し、渡すだけ渡してさっさと行ってしまった。もし感じのいい者ならばそこで一言二言、ほかに言葉を交わすくらいはあったように思う。
 けれどそういったことは一切なかった。感じのいいと言うにはあまりにそっけない態度。婦人の話す少年の印象とダブらせるには少々無理があった。だが万が一、ということもある。
「あの、差し支えなかったらマンションの場所、教えてくれませんか? 実は……」
 かくがくしかじかと人捜しの事情を告げ、不審がられないよう、最後、頭を下げてお願いする。顔を上げるとしばしじっと見つめられた。その探るような眼差しに僅かに緊張する。けれど婦人の行為がぶつしけだとは思わなかった。知り合いならまだしもどこの誰とも知れぬ自分にいきなり住所を教えろと言われても普通戸惑うだろうし、不審者扱いされても仕方がない話だ。慎重になる気持ちもわかるので黙って受け止めていると、ややあってふっと婦人の肩から力が抜けるのが見えた。
「……そうね、あなた、悪い嘘を吐くような子には見えないものね。信用するわ」
 それに、と。
 眼差しが少しだけ翳りを帯びて落ち込む。
「あの子、マンションに一人で住んでるみたいだから……少し気になってもいたのよ。お友達と一緒にいるところも見たこともないし、たまに近くの公園にいることもあるけれど……その時もいつも一人で」
 本を読んでいると婦人は言った。
 何度か話したことがあって、物腰も柔らかく、そのたびに丁寧で親切な子だとの認識を深めていったけれど。――それでもどこか。
「見ていると……なんだか不安になってしまってね。もしあなたの捜してる子があの子なら、お友達になってあげてね」
 言ったあと、己の勝手な詮索と懇願を恥じるようにして婦人は小さく苦笑した。頬が困ったように綻ぶ。そして歳を取るとだめねと軽く呟いたあと、
「この辺りは夜になると少し治安が悪くなるから、用が終わったら暗くならないうちに早くお帰りなさいね。怖がらせるつもりはないけれど、遅くなるときっと親御さんも心配されるでしょうから」
 やさしい忠告に綱吉はありがとうございますと礼を述べた。そうする途中で道路を隔てての喧噪がいつの間にか意識の端から締め出され、掻き消えていたことに気付く。
 ……確かに見知らぬ町は、余所者で、しかも小心者である自分にとって黒曜は少し怖いところではあったけれど―――こんな人がいるなら安心できる。
 思いながらやさしい瞳に微笑んで「そうします」と短く綱吉は答えた。



「……で、着いたはいいけど」
 教えてもらった住所、マンションには十分程でなんとか着いた。これも婦人に丁寧な地図を書いてもらったおかげである。これから孫のところに行くのだと嬉しそうにしていた婦人に心の中で礼を言い、
「しかし二十五階建てって……すごいなあ」
 でん、と視界に大きく構える立派な超高層マンション――綱吉の住む町内では決して見られぬその光景に、こわごわと視線を上げた。そうやって頂上まで見やり、下に戻すと、今度はマンションのエントランスを見る。ピカピカに磨き抜かれた床が大理石のような白く滑らかな輝きを放っている。もしかしなくても場違いな気がしてきて、うろうろと所在無く視線を彷徨わせていると、マンションから少し離れたところに公園らしきものが垣間見えた。
 あれが婦人の言っていた公園だろうかと思って先にそちらへと足を運んでみたが、優れない天気の所為でか、そこには誰もいなかった。公園の定番、砂場と水色のブランコ、子供用の滑り台がぽつぽつと設置されており、それを取り囲むように端にいくつかのベンチ、それからひさしの付いた大きめのウッドテーブルとベンチが奥のほうに見える。特に引っ掛かるようなところなど何もない。ごく普通のありふれた公園だった。
(だけど……どうしてだろう)
 引っ掛かるものなどなにもないはずなのに、脳裏に浮かぶイメージが佇む綱吉に奇妙な違和感を誘った。
 この公園で一人本を読む。
 確かに少し気にかかる光景ではあるけれど、特にこれといって珍しいものではない。ありふれた景色。ごく普通の光景だ。まあ……勉強嫌いの綱吉はけしてしないことだろうが、その辺は個々の勝手だ。性格や趣味嗜好におけるものだろう。
 だが、そう思うとますます胸の内が変に騒いだ。
(……性格)
 物腰が柔らかく? 丁寧で親切だという――彼は、やっぱり違うんじゃないだろうか。
 婦人の言う「あの子」と綱吉の見た「彼」とでは。
考えれば考えるほど段々と落ち着かなくなってきて、綱吉は襲い掛かる眩暈を払うようにしてぶんっと頭を振った。
「――うん! あれこれ考えてもしょうがないし!」
 本人かどうかなど会えばわかる。ただ、会ったら何と言えばいいのか。勢いに任せて出てきたせいでまだそれを考えていなかったほうがよほど問題だった。







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