ぽぅっと柔らかく灯った火が音もなく目の前で静かに消える。
 それはきっとあなたの優しさを伝える為に灯された、
多分そんな、生命の灯火だったのだ。




――いつか見た太陽

(標的122より)

 その日、母と呼ぶひとがいつものにこにこ顔を更に明るく輝かせながら「ツー君、ちょっとこっちにきて」と、上機嫌で自分のことを手招きして呼んだ。ちょうど積み木の塔がうま く積み上がったばかりであったから、それにいやいやと首を振ると、もうそんなこと言わな いでと優しく笑って、隣にいた父親の腕を楽しげにぽんと叩いた。とても嫌な予感がした。
「お、俺の出番か? しょうがねえなあ、ツナ。なんだ、いっちょまえに反抗期か? ほらほら、こっち来い」
「う、う、ううー」
 両脇にひょいと大きな手を差し込まれて、宙でじたばたする自分などまるでお構いなしに 、こちらもいつも通りに豪快に笑いながら、リビングを突っ切って、そのまま自分をキッチンの方へと移動させる。そして自分専用の椅子に景気良く放られ、
「ほらよ、っと……あいたっ」
 勝手なことをする父親にせめてもの反抗として、その手のひらを振り上げ、感情の赴くまま振り下ろした。
 ぺちりと小さな音がして思わず顔を歪める。叩いた手が痛かった。じんじんと痛む。急にひどく悲しくなって、一瞬だけ我慢しようと唇を噛み締めるも、じわじわと這い上がってきた感情に、結局声を上げて泣いてしまった。
「あらあら。もう、ツー君は泣き虫ねえ」
 石けんの香りを漂わせながら、母がエプロンからハンカチを取り出し、やはり笑いながら濡れた自分の頬を丁寧に丁寧に拭ってくれる。同時にくしゃくしゃと背後から父親が自分の頭を撫でるのもわかった。でもそれは撫でるというより混ぜるといった少し乱暴なもので、首がぐるぐる回って涙はちっとも止まらなかった。ぐずぐずと鼻を鳴らす、そんな頭上で父親と母の、いつもの取りとめもない会話が聞こえた。
「ほら、あなたも。乱暴はだめよ。ツー君、泣かさないで」
「いや可愛がってるつもりなんだが……」
「それならもう少し力を抜いてちょうだい」
 胸を張って言う母に、奈々みたいには俺にはやっぱ無理だなあとぼやくようにして父親が苦笑いを洩らす。そこまではいつも通りだった。
 だけれど。
「彼女にかかるとお前も形無しだな、家光」
「……9代目まで言いますか、そういうこと」
「褒めたつもりなのだがね、良い家庭だ」
「ふふ、ありがとうございます。お茶です、どうぞ。……あら、ツー君?」
「…………」
 テーブルの向こうに知らないひとがいた。
 父親とも母とも違う、そのひとがこちらを見て、涙でぐしゃぐしゃになった視界ではあったけれど、静かに瞳を細めるのが見えた。
 微笑み、ゆっくりとその口が開かれる。
「初めまして、綱吉くん。会えてとても嬉しいよ」
「…………」
「ほら。ちゃんと挨拶しろよお、ツナ」
 粗野な手つきで頭を撫でる父親が、その瞬間、ひどく嬉しそうに破顔したのがわかった。本当に、とても嬉しそうに弾む声に、何故だかよくわからないけれど、きょとんとしてから母へと助けを乞う眼差しを向けた。ぎゅっとエプロンの端を握り締めるようにして掴む。何故か、また泣いてしまいそうだった。
 じわじわと眦が熱くなってゆく。止まらない。
 うぇ…と呻くようにして声を洩らしたところで、事態に気付いた父親が困ったように慌てはじめた。おろおろと無骨な手が宙を舞う。
「お、おお? ど……どうしたんだ、おい、ツナ? 怖くないぞ? ほら、こんにちはって
……な? 頼む、頼むから。あ、こら、な……泣くな! お、男の子だろう! あ、ああ…
…おい、奈々、どうすりゃいいんだこれ」
 ツナ、ツナ、と、父親のあやす声に気持ちが徐々に高ぶってくる。だが対して母はというと、相変わらずそれでもやっぱり笑っていて、エプロンを握り締める自分の手を包み、ふっと更にその笑みを深め、
「うーん、知らないひとがいて怖くなっちゃった?」
 そのまま優しく膝を折って、自分と目線を合わせると、


「大丈夫……大丈夫よ、ツー君。みんな、ここにいるからね」


 ただそれだけ。
 たったそれだけを、母は微笑みながらちいさく囁いた。額と額をくっつけ、淡いその時間
のなかで。
 母の熱と、優しさと、その声が直に心に伝わってくる。
「ね、いつもみたいにツー君の笑顔、おじちゃんにも見せてあげて」
 そうして得体の知れない不安が緩やかに解消されてゆくなかで、母の言葉を受け、ぎこちなく、そろそろと眼差しを上向けると母から少し離れた視界でやはり知らないひとが消えることなくこちらを見ていた。
 父親と母と、そして自分のいるこの場所を―――そのひとは静かに、こんにちはって言おうねと言う母と、ほおら頑張れと励ます父親の浮かべる笑みとよく似た笑みを浮かべ、微笑みながらこちらを見て―――
「…君に、とても会いたかったよ、綱吉くん」
 もう一度、その言葉を繰り返した。





 それに気恥ずかしさでぱっと俯かせた顔を上げ、同じように微笑み返せたのは、それからもう少しだけ経ってからのことだった。

fin.












06/11/22 (標的bニ合わせて。/あざとい


……えらい中途半端ですみません。現在のツナ視点での一応幼少邂逅話。
柔らかい話になるように気をつけてみましたが、
突発なので文章いつも以上に手ぬるく甘いです。(か、勘弁)

 父親のことは認識しているけど思い出になるものが少ないので、
ちょっと他人行儀に「父親」呼び、でも母は大好きなので「母」呼びだとか。
あまりに些細なところを気をつけてみました。ちなみに子供の気持ちで書くと
擬音がとても多くなるなあというのが書いてたときの感想でした。
あぁ、なんか不完全燃焼……。(9代目が!9代目が好き!!


■矛を持つ旅人■「お題:あの太陽には見覚えがあった」
(配布:フルッタジャッポネーセ様)でした。しかもどこがというような…。