それは幸福なトラブルメーカー。 |
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★ 眠れぬ子羊 ★ (10年後マフィア話) |
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「綱吉君」 「――だめだ」 呼びかける主が近づく前に先手を打って頑と唇を引き結び、続く言葉を断じる。 鼓膜を伝った声はいつもと同じ、ごく普通の何ら感情の見えない淡白であってひどく平坦なものであったのだが、ここで気を抜き、油断をしたら今までの経験上、最悪の事態が待ち受けるであろうことはもはや想像に難くない。故に幾度となく繰り返した二の舞をまた馬鹿の一つ覚えのように繰り返す失態だけは今度という今度こそ犯すまいと、若干の緊張に頬を強張らせ、そして堅固にもう一度、 「だめだ」 と、できうる限りそう毅然と繰り返す。そうして一体どうして、いつからこんな超直感に自分は長けてしまったのだろうかと昨今ツナの頭を悩ます、ひどく深刻な悩みの種でもあるかの問題児は、 「まだ何も言ってませんよ。綱吉君」 クフフと笑って、ひどく楽しげにその唇の端を吊り上げてみせた。 とても善意溢れる笑みではない。それを視認し、あぁまたはじまった、とツナは思わず本人を前にして盛大に頭を抱えそうなほどの脱力感を覚えた。 寧ろいっそその様を見せつけてやりたいくらいだが、以前に一度それをやったら具合が悪いのかと問われ(決定づけられ)、 ある意味間違いではなかったので流されるままにうっかりそうだなと頷いたツナは、その後、体調を狂わしている当の本人によって体調管理がなってませんよと窘められ(あれは確実に喜んでたな)、 あとの仕事は部下に任せて休んだほうがいいと問答無用で午後の予定を押しきられ(ついでに自分も休みやがった)、 あれよあれよという間に気が付けば何故か護衛と称して一緒のベッドで共に朝日を拝むこととなったのだった。(しかも貞操を死守することに必死になりすぎて本末転倒にも程があるほど実に一睡もできなかったというオチ付きで) あのときの……朝になってそれを知った他の部下たちの剣幕は思い起こすだけで今でも悪夢の一つとして苦い記憶を呼び起こす。 本拠であるというのにダイナマイトが乱発し、それを抑える為に仲間同士でのなぜかトーナメント戦が勃発し、やがて傍からみればファミリー内の抗争かと言われんばかりの呆気に取られる壮絶な馬鹿騒ぎにまで発展し――――事の発端となった人物だけがいつまでもいつまでも飄々と……否、楽しげに笑っていた。 (……押し切られたオレもオレで確かに悪かったけど!) 部下の中では抜きん出て能力値の高い男であるのに、手のかかり具合もまた同じくらい他のどの部下よりも際立って高い、何から何まで問題山積みの男――――それが今現在ツナの前にいる、六道骸という男の性質であった。ツナの苦労など知ったことではないとでもいうように、いつも大抵自分のしたい事を、したい時に、したいように、何の迷いもなくやってゆく。そしてそのスタンスは今日もまた変わらぬらしく、悠然とした態度を前に、ハアとツナだけが重い溜め息を零す。 「………今度は何なんだ、骸」 「…おや? わかっていて僕の言葉を却下したわけではないのですか? それとももしかしてわからないのに、君は僕の言葉を聞きもしないで却下したということですか? ねえ―――ボス」 「嫌味言うときばっかボスって呼ぶな。大体お前の言うことなんてある程度わかってるから、あえて訊かなかっただけだよ。説明させんな。面倒くさい」 「あぁそうでしたか。では、たとえば?」 「は?」 「たとえば――ある程度とはどの程度のことを言っているんでしょうか。その辺りのことを是非ともお聞きしたいですね」 機嫌の良かった眦がスウッと音もなく細められる。だがこんなこと(も)もう慣れた。 意味不明とも大袈裟ともいえる一挙一動にいちいち困惑していたのではこの身がもたない。そんな初々しい反応がしていたのはかつてのことだ。ずるずると付き合いの長くなった今ではもはや彼に関して、大抵のことでびびるツナではない。 (逞しくなったなあ、オレ……って、代わりに色々と道踏み外した気もするけど) 人生一寸先は闇とはよく言ったものだ。 まさしく「闇」の世界に足を突っ込むことになろうとは、十代半ばを呑気に過ごしていた学生時にはまるで思いもしなかったことだった。というより踏み外しはじめたのはそんな学生の頃からだったか。 (……ま、もう今更だし。別にいいけどさ) 今は今で楽しくやっている。 学生の頃からの仲間が今では自分のことを名ではなく「ボス」と呼ぼうとも、やはり今でも自分の中では彼等は「仲間」という境界の中にある。第三者からしてみればどうだか知れないが、自分はこれはこれで恵まれた人生だと思っている。 色々と大変だが、多分まぁ幸せと呼べるような日々であるのだと。 「……綱吉君」 「ぅん?」 「僕の話をきちんと聞いてますか」 和ますどころか逆にどんどん細く、睨むような眼差しになってゆく骸の視線に、安穏と首を傾げる。それによってまた少し機嫌が悪くなったのがわかった。 だが。 「聞いてましたか、綱吉君」 呼び名は未だに自分の本名のほう。 なら安心かと慌てることなく冷静にその対処にツナは思考を巡らす。しかし深く考えずとも導き出される答えは一つ。 「だって……キスとかだろ、どうせ」 「どうせ、と言われるのは心外です」 骸の表情から笑みが少しだけ消えた。けれど続く呼び名はやはり変わらない。意地でも変えないようにしている……ように、思えるのは果たしてただの気のせいか。 (ていうか……相変わらずよくわかんない奴だよな、こいつだけは) 呼び名に関してだけではないが、周りが自分のことをボスやら十代目やらと呼び名を変えたり今まで以上に浸透し始めた中で、この男だけは何故か人と時間との流れを逆行するかのように急に今までのマフィアな呼び方から―――もう少し詳しく言うならば、ボンゴレから綱吉君へと呼び名を変えた。 時折、何かの気まぐれのようにボンゴレと呼ぶことはあるが、こっちの心境を図った上でさっきのように敢えてわざわざボスと呼ぶときもある。どうもボスと呼ぶのは単なる嫌がらせの一環でもあるらしい。 そんなこんなで、相変わらずわかりやすいように見えてやはりわかりにくい性質だなあと呑気に思いながら、首を振る。それだけはもうきっぱりと。 「とりあえず、そういうことなら却下だ、却下。お前に隙見せたらとんでもないことになるっていうのはもう散々と学習済みだし。いや遅いくらいだけど……それはそれで、まあ、もう、いいから。とにかく、ほら、仕事に戻れ。オレは午後からやることいっぱいなの」 だからお前の相手ばっかりしてられないと言うと、普段ならばそれだけ言ってもまだまだしつこく食い下がる男が珍しく「……そうですか」と若干項垂れた様子で小さく返事をして、それから思い出したようにクフフと笑った。 「なら仕方ありません」 「……納得?」 「してませんよ。してませんが、今日は止めておきます。確かに忙しそうですからね」 「ていうか今、出来て、その気遣いをどうして他の日にもしないんだよ、お前!」 なんで今日に限ってやたらとそんなに素直なんだ! と突っ込みかけて、 「………………骸?」 本当の本当に去ろうとする彼の目を改めてしげしげと見つめる。そんなツナの視線を避けるように今度は逆に骸がフイと眼差しを逸らす。それは普段から誰に遠慮をすることも、憚ることもなく、大胆不敵、天上天下唯我独尊を地でゆくような彼にしてはひどく珍しい殊勝な態度で、寧ろありえない、と言っても過言ではないそれに思わずツナは自らの目を疑った。けれどそれゆえに。 (……あ、境界線……) まじまじとツナの見据えた先で、それ以上自分の内側に踏み込まれないようにしている骸に気付き、 「骸。いや……待て、ちょっと待て」 「仕事が忙しいのでしょう? だったら僕はこれで失礼しますよ」 「だからちょっと待てって言ってるだろ! ああもう、拗ねんな! ほら、こっち向け! 命令だ!」 「………そんな子供じみた命令しないで下さい、綱吉君。仮にもファミリーのボスが…」 「だったらお前もそんな子供みたいに反抗するな。………で? いつからだ」 要点をすっとばかして、本題から入る。 でも多分通じていると自らの直感のままに先を促すと、つまらなさそうに顔を上げる骸と再び視線がかち合った。覗き込まずとも鮮烈な闇が絶えず溢れ続けている左右色違いの彼の瞳が向けられる。まともに目を合わせたら色々なものがその瞬間にごっそり盗み取られていくような、そんな見ていると覚束無い空恐ろしい錯覚にさえつい陥りそうになる―――彼の瞳。一般人ならまさしくひとたまりもないだろう。 それだけの威力が彼の瞳には確かに秘められている。だがその眼と幾度となく対峙し続けたツナには関係ない。 それは相対する骸のほうでもきっとわかっていることで。 ―――だからか。 殊勝な態度に引き続き、珍しく素直に口を開く骸がそこにはいた。 「二週間ほど前なのは確かですが」 「ですが? ――はい、続ける」 「………それ以上は考えるのが面倒なので覚えていませんね」 本当に面倒だったのだと知れる声音で溜め息まじりに返答されて、そういえばそうだった、と、これも今更ながらにツナは思い出す。思い出したら出したで、今度は身に襲い掛かる脱力感と敗北感にも似た諦観の念と、即座に向かい合うことになったのだが……今はもうそれよりも。 「お前は………」 「どうしました? 具合でも悪いのですか」 「これが悪いように見えるか! 呆れてるんだっ、オレは!」 この馬鹿! 言って、だだっぴろい執務机に突っ伏すようにして倒れ込み、ハアとまた一つ溜め息を零す。 その俯いた眉間に苛立ちとは違う、苦悩を示す深い皺が一本新たに刻まれているだろうことは誰に指摘されずともわかったが。 「それはまた……心外なことを言われました」 「いいから黙ってあともう一分待ってろ。」 一度ぎゅっと固く目蓋を下ろしてから、色々と頭の中で試算する。というより多分これは別方向での様々な事態におけるツナなりの覚悟の時間であったのだが。 やがてきっかり一分経過後。 身体を起こし、その手を迷うことなくツナは備え付けの子機回線へと伸ばした。僅かなコール音のあと馴染みの声が鼓膜に届き、幸運にも一番差し障りのない人物が電話口に出てくれたことに、ほっとする。 「……あ、オレだけど。えっとさ、ごめん。突然で悪いけど今日の午後からの仕事、別件入ったからまた明日のほうに重ねて回しといてくれる? ていうか、それって出来るかな? …あ、ほんと、なんとか出来る? ええと、じゃあ、それでお願い。いや、うん……まぁ、無理はしないよ。ていうか大したことじゃないし。うん……うん、ほんとごめん、それじゃ今日は午後から、オレはいないってことで一つ」 よろしくと言うと優秀な部下の一人に苦笑いされながら用件はあっさりと太鼓判を押されながら、実にあっけなく了承された。それにまたしても安堵の吐息を洩らす。 (……オレってほんと恵まれてる) そうしながら気合いを入れて顔を上げた。 見返す先には一応曲がりなりにも自分にとって大切な部下の一人がどこか釈然としない様子で佇んでいる。それを見て―――やはり、こっちには渋い溜め息が洩れた。 (こいつも少しは恵まれてるって思ってくれてたらいいんだけど……ちょっと甘い顔するとすぐ図にばっかり乗りやがって………) そしてこれからまさしくその図に乗らす行為を自分はすることになるわけだが。 「ああもう、行くぞ。ほら」 「仕事は」 「全部明日。聞いてただろうが。今日はこれから寝るのがオレの仕事」 ああ――――だが、気付いてしまったらもう放置することなどできはしない。否、できるわけがないのだ。 驚きで珍しく目を丸くする骸の瞳の下には普通常人ならばあって当然の不眠の証拠でもある隈はいくらも見当たらなかったけれど、実は誰よりも図太いようでいて繊細な心の持ち主である彼がまるで猫のように気まぐれに擦り寄ってくるときこそ、彼なりのヘルプサインが出ていることをツナはもう誰に指摘されずとも知っている。 (で、どうしてオレが一緒なら眠れるとか、そんなことはもう気にしない気にしない、気にしてたら身がもたない) ファミリーのボスとして部下は、仲間は、大切にしたいとこれはずっと昔から決めていること。だからこれはそれに則ってそうしているだけのこと。決してこいつだけに甘いわけではないのだと繰り返し繰り返しツナは心に刻みつけていると、 「……非常に嬉しい展開ですけど、綱吉君。一つ気になることが」 「はいはい。今度は何ですか」 「いえ。大したことです」 「……は?」 「大したことではないとさっき君は言いましたが、僕にとっては大したことです。眠れなかったら責任とって綱吉君を僕にくれるとどうぞ約束して下さ」 「寝・ろっっ!!」 寝られないなら寝られるように拳一つで完全ノックアウトの末、この甘やかした記憶すら飛ぶように沈めてやると宣言すると、一瞬大きく瞳を見開いた彼が、やがて堪え切れないようにクフフフといつもより少し長めに笑って、そして言う。 「―――冗談ですよ、綱吉君」 (そう聞こえないから怖いんだよ、お前は!) 真顔で笑えない冗談を零す奴の腕を強引に引っ張って、歩いてく。 背後では尚も継続してクフフと特徴のありすぎる笑い声が響き続けている。 そして―――たとえばもし、仮にそれでも眠れないなら羊でも数えてやると言ったならば、きっとそれすらも奴は本気に取って笑うのだろう。 ……あぁ、本当に。 面倒な奴と関わってしまった。 時折、十代半ばでそんな骸と遭遇してしまった自分自身を頭痛と共に振り返るときがあるけれど、だがもう、それでも、もはや放っておくこともできやしない。なにせ奴はすでにこのボンゴレファミリーの大事な一員であり、大切な仲間であり、 「だあっもう! 明日の仕事、お前にも絶対手伝ってもらうからな!」 「別に構いませんよ? 寧ろ大歓迎です。明日も君を独占できるってことですからね」 「…………だから。どうしてお前はいつもそう…」 そうしてもう、見捨てることなどできないツナにとって体の一部に等しい「家族」の一人でもあるのだから。 fin. |
06/10/10
06/10/23(修正・加筆)
初めて書いたリボーン創作。というか骸ツナ創作。
骸のツナへの愛がだだ漏れというより、わたしの
骸ツナへの愛がだだ漏れです。(いや一目瞭然だから)
微妙な長さだったので読みやすいように少し行間あけてみたのですが、
どうでしょうか。骸ツナの愛はよく見渡せてるでしょうか。(そっちかよ!)
(ちなみにツナはこのあと不眠不休で明日を迎えていろいろ本末転倒)