今一番言いたい。




★ Simple Life ★

(10年後マフィア話/小話)

「まったくもー……」
 くるくると、白い包帯がまるでレースのように視界に映る。ぶつぶつと文句を洩らす前方には表情を苦々しく渋らせる自分とはまったくもって正反対の、軽やか且つ、紳士的な笑みを浮かべる青年が一人。殊更優雅に笑顔以外の何を浮かべる気もないそのごくごく平和な様子に、そうして自分の表情だけが憮然と苦味を増してゆく。
 まったく、まったく、と新たなぼやきが胸中で生まれる。
(つかなんで俺がこんなこと……この前のベネツィアの件とか、まだ報告書出来てないのに……遅れたらうるさいんだよなあ、雲雀さん。元風紀委員なだけあって小言二時間くらい平気でするし、それがまた遠まわしに全然別の話にまで飛び火するし、その上真綿で首絞めるように一体どこでそんな情報を、ってことまで例に挙げていたぶってくるし………ああ、考えただけでも憂鬱だ。憂鬱すぎる。なのになんで俺、そんな自分の身を犠牲にしてまで……)
 思って、目の前の肌を白く染めるもの、その下にある傷へと自らの意識を持ってゆく。…溜め息が出た。何故、など問うまでもなかった。理由など知れている。考えるまでもなく、だからこそぐるっと思考が回ってこんな愚痴が零れるのだ。今更だ。ああもう、つまり何のかんのと言いながら。
(放っておけない自分の所為か……)
 自分の身、その時間を二時間ほど犠牲にしてでもそれは。
 内心の思いに、深い溜め息を再度吐く。すべては言い訳にしか過ぎない。
 肩はもうずっと下がったままだ。
「……はい、これでいいよ。骸」
 腕に巻きつけた包帯を最後にピンで留め、巻きが緩んでいないかと最後にもう一度確認してその手を離す。
(ん、ちゃんと出来た)
 粗雑に扱ったり、乱暴なことさえしなければそれはそれほど簡単に外れることもないだろう。包帯の巻きつけが無事終わり、一先ずほっとしながら顔を上げる。すぐにありがとうございますと礼を述べる涼やかな声が耳に返り、その礼儀正しさに思わずどういたしましてと頬が緩みそうになった―――が、慌てて俺は怒ってるんだぞという意思表示を継続させる為にぎゅっと眉間に皺を寄せ、眼前を睨むことに集中した。ここで甘い顔をしたら最後、この男の増長はますます度を越して高くなるのはもう目に見えている。気を緩めてはならない。
「しかし器用になりましたね。前はあんなに下手でしたのに」
「………。礼を言いたいのか、けなしたいのか。俺はどっちにとればいい」
「勿論、礼を言って、褒めてるんですが。…伝わりませんでしたか?」
 伝わるか! 即座に訴えると、「そうですか、残念です」―――返る言葉はちっとも残念そうではなく、わかりやすいほどわかりやすくそれは喜色に富んだものだった。
 自分の眉間の皺は未だ深く、憤然と刻まれたままだというのにすでに勝負はついていると言わんばかりなそのいやに明るく、飄々たる構えに、毅然としていた態度が途端に萎む。
「……………うう」
(だめだ、こいつ)
 ちっとも反省していない。続けて零れる嘆息にクフリと聞き慣れた笑い声が寄り添い、ますますへこむ。呆れと共に問題を放棄してしまったことが即座にバレた。こうなればもうしょうがない。
「あのね、骸」
「はい、何でしょう」
「別に怪我するなとは言わないよ。して欲しくないとは言えるけど、するなとは任務地への命令を出してる俺がそれを言えた義理じゃないし、言わないのはこの職業が常に危険と隣合わせだって知ってるからで、だから俺はわざわざ敢えてそれを言ったりはしないけど、怪我して欲しくないとはずっと思ってるし、いつでも送り出したあとはそう真剣に願ってるし祈ってる。はい、ここまではいい?」
「ええ。甘い言葉です」
 微かなからかいにうるさいとぶっきらぼうに言い返す。
 つまりは、だ。
「それを毎度毎度言って、毎度毎度わかってますとお前も答えるけど」
「はい」
 あっけらかんとした返事にきつく眦を吊り上げ、口を開く。スウッと吸い込んだ空気は呼吸器官を滑るようにして渡り、澱む胸中を通り過ぎて、やがて肺へと辿り着く。それはなんということはない当たり前の動作における当たり前の流れ。呼吸する上での当然の工程といっていい。だがそんな、種類は違えど、当たり前の工程すら目の前の男は。
「ならどうして怪我をしたらちゃんと手当てを受けてっていうそっちの言葉の方は無視するんですか! いつもいつも言ってるでしょう、どうしてですか!? ―――はい、骸さん答えて!」
「おや……口調が昔に戻ってますよ、綱吉君」
「戻させてるの、誰ですか! あああもうっまた怪我こんな長いこと放置してッ……こんなの、医療チームのところに行ったらすぐに治してくれるでしょう。なのに大したことじゃないって毎回毎回俺が気付くまで放置して……!」
「だって面倒なんですよ、医療チームの方にまで顔を出すの。それにこの程度の傷、いちいち騒ぎ立てるほどのことじゃありませんし、死ぬようなものでもありません」
「そういうことを言ってるんじゃないっ!」
「おや、また戻りましたね。今度は逆ですか。ころころ変わって楽しいですが、疲れませんか、ボンゴレ」
「お前もなッ!!」
 そうやって―――誰かさんの専売特許を彷彿とさせるように咬み付きながら言って叩きつけると、僅かな間を置いて、ふむ、と現状確認をする呟きが小さく洩れた。とてもとても嫌な予感がする。
「血圧が高いときはほうれん草を食べると良いらしいですよ」
「―――――」
 肺がキュウと持ち上がった。
 ついで唇も頬も大いに引き攣った。嫌な予感ほどよく当たる、それは人生どれだけ長く生きていても自分にとっては何ら変わらぬ事象であるらしい。思いながら脊髄反射のように口を開く。一瞬にして言いたいことが雪崩のように脳裏を駆け抜けた。
「だから! ―――そういうことを言ってるんじゃないって言ってるんだけど二度目だよもうこの人ほんと勘弁してほしいしなんか色々ありえない台詞とかも普通に混じっててちょっと泣けてきたんだけどっていうかほうれん草とかって寧ろなんで!!」
「おやおや。人のアドバイスをそう無下にするものじゃありません。せっかく君の母君から仕入れてきた善意溢れる豆知識なんですから……というか相変わらず君を泣かすのは楽しいですね。ノンブレスでここまで支離滅裂に突っ込める人、君くらいのものですよ」
「はっ?! ちょ、今、なんつった!? 後半はこの際もうどうでもいいけど前半、おまっ……な、ななななんて言った!? いっ、一体いつ! どこで! お前俺の母さんと会ったんだよ! 今さらっと言ったけどここんとこしばらく日本への任務なんてなかったよな!? なかったはずだよ!? なのになんでそんな、母さんの豆知識なんて、お前の口から出てくるんだよ!!」
 今にも泡をふきそうな問いかけに対する返答は、実にさらりとしたものだった。
 というより何を当たり前なことを、といったものだった。
 ごく単純にシンプルに。
「それは先日君の母君に僕が会ったからですけど。ええ―――日本で」


 請け負ってた任務が思ったより早く片付きましてね。暇が出来たのでなんとなくついちょっと。ほら覚えてませんか。おみやげ。あげたでしょう、きな粉もち。ベネツィアの袋に入れていったので、ああ、気付かなかったんですね。そういえばベネツィアで流行ってるのか、なんてしきりに感心しながら食べてましたっけ。あんまり感動してたのでついつい僕も確かに言いそびれたような気もしますけど、ベネツィアにきな粉もちなんてあるわけないじゃないですか。なのにボンゴレは本当に……クフフ。あ、それから、母君、とても元気そうでしたよ? きな粉もちはそんな彼女からの差し入れです。良かったですね。言い忘れてましたけど。



「……………………」


 目の前がぐらんぐらんする。眩暈だ。これはまごうことなき眩暈と悪寒とオーバーヒートした自意識のヘルプサインだ。身体と心が今とても健やかな休息を欲している。そしてそれに自分も大いに賛成だ。
 だがその前にすることがある。
 どうしても、これだけは譲れない。
 備え付けられた内線へと手を伸ばす。そのもう片方の手で愛用グローブを取り出しながら。
 ―――――取るべき行動はそんなごく単純でシンプルなそれ。




「……あ、治療班? ちょっと来てくれる。今から怪我人が出そうだから」







 告げる言葉ももう決まっていた。

fin.









07/02/27
■寄り添う■(お題・叱ってくれると知っているので)
(配布:フルッタジャッポネーセ様)

過剰な二人の過剰なスキンシップ話でした。(うそ)
ちなみにほうれん草のくだりは本当。血圧低くなる。
いや、本当はもっと可愛い話になる予定だったのですが、
敗因はわたしが段々二人の台詞にはっちゃけはじめた所為で
こんな予定と全く違った話に。そんなもう一目瞭然の話、
そしてきな粉もちはわたしが今食べたいだけの話でごめんなさい。
ていうかあべかわもちがすき。



結論としてはお題失敗な気も。


(叱られてるけど寄り添えてない)