過剰スキンシップお断り!




* 順応ロマンス *
#04 良薬は口に苦し






 なんとなくはわかっていたけれど、今日ほどそれを実感したことはない、それはそんな純粋すぎる笑みを浮かべて明朗に告げられた。自分にとって死の宣告……というにはやや大仰ではあるが、何かがピシリと確かに音を立ててヒビ割れたことを知らしめる、そんな威力でもって、


「じゃあ、しばらくの間、お願いしていいかしら。あ、ツー君、いい? 迷惑かけず大人しくしてるのよ。帰ってきたらあとでケーキ持ってきてあげるから」


 告げて。

 ケーキといえば誰もが喜ぶと思っているのであろう母は、どうにも場違いな発言を残して、一人さっさと買い物へと出かけていってしまった。今晩はすき焼きらしい。奮発すると言っていた母には申し訳ないが、別にそんなところで気を遣わなくていいから。というかそんなところに気を遣う余裕があるのなら、その大らかすぎる眼差しをもうちょっとよく見開いて、なにゆえ一人息子の手がその友達の手によってがっちり拘束されているのか、まずそちらのほうにこそ注視して欲しかった。
 …………。
 わかっていた。
 わかってはいたが。
「綱吉君のお母さんは明るい、良い人ですね」
「ていうかなんでそんな軽やかにスルーなんだよ母さん!」
 明らかにおかしいから、この構図! 
 大声で叫びだしたい衝動に駆られるも、いかんせん、さすがに今日はそうするだけの気力も体力もあまり残っておらず、そのせいで勝手に人の手を取ってご満悦な骸をいつものように邪険にすることもできないでいる。しかもこっちが抵抗できないのをいいことに骸の奴は手だけに留まらずそのうち添い寝しますとか平気で言い出しかねない雰囲気を漂わせていてどうにも空恐ろしくてしようがない。言うとまったく冗談で終わらないところがこの友人の怖いところである。
(母さんお願い早く帰ってきて、早く!)
 ケーキなどもはやどうでもいい。
 一分でも一秒でも早く帰ってきてくれることの方こそが、今や自分にとっては何よりもありがたい良薬となる。返す返すもこんなことになるのならば無理して徹夜でテスト勉強などしなければよかった。いつもと同じダメツナで良かったのだ。珍しく頑張ろうと思ったのがそもそもの間違いだった。
「…まあ、確かに徹夜なんて二日もすれば充分体調に異変をきたすのに、それを三日も続けてしたんですから、倒れても不思議ではありませんね。お母さんの言う通り、ここは大人しく寝ていて下さい」
「だって寝たらお前、あらぬことするだろう。……多分」
 言うと骸は少し驚いた顔で。
「おや? しない僕が想像できるんですか、綱吉君は」
「母さんカムバアアアアアアア―――ッック!」
 母さんこのひと真顔だよ!? 真顔でさらっと言いやがったよ!? もう晩ご飯なんてなくていいから帰ってきて! 早く早く! いいから早く帰ってきてえええ―――!
 嬉しそうにニコニコ絡めた手を前に笑う骸に、張りのない悲鳴を上げて、ベッドの上から逃げようとじたばたと暴れる。が、しかし強引に繋がれた手がそれを許さない。そう力をいれているふうでもないのにびくともしない。
「はーなーせーえええええ!!」
 咄嗟に枕を掴んで思い切り至近距離から骸へと投げつける。どうせ当たりはしないだろうとは思っていたが、その通りに、枕はひょいと首を傾げた骸の横顔を滑るようにして抜けていき、ばふんっと部屋の壁に当たって止まった。
「………………」
「無駄です」
 はい、わかってました。
 涙がほんの少し滲んだ気がしたが、多分それは気のせいではなかった。




fin.






07/04/15


日記小話より拾い上げてきて収録。
まだほんとは続いてたんですが、キリいいので
日常的な軽めなロマンスとしてここで止め。
順応、相変わらずさっぱり出来てません。

この後、がっちり抱いて当然のように添い寝し始める骸さんがいたとかいないとか、
いたとか。


とりあえず奈々さん、病人にすき焼きはないと思います。(自主ツッコミ)