ささやかな祈りとともに。




* 順応ロマンス *
#03 あいのことば




 友人なのだし。
 ……まあ、一応、曲がりなりにも友人なのだし。(二度目)
 そういったこと自体には何の問題もないわけで、寧ろ喜ばしいことであって、更には率先してこちらから話題を振り、要望を聞こうという姿勢をとったわけで、今更文句をいう義理も道理もどこにもないのだけれど。
 ああ、だがしかし。
 それでも、これは。
(……何の罰ゲームだ……)
 迂闊であったと今更ではあるが、認めざるを得ない。よもやこんなことになるとは夢にも思ってもいなかった。というよりどうにも甘やかし過ぎた。超過料金を催促してもまだ足りないくらい、ああもう、何度でも言おう。
 最近ちょっと油断したばかりに、これ以上増長させてはならない奴をついつい迂闊にも甘やかし過ぎた。
「ほらほら、綱吉君」
「うう……」
 ――――けれど、そんな苦渋の決断に強いられている自分の現状とは実に対照的に、骸の奴(だけ)は始終ご機嫌だ。笑みが絶えない。周囲に警戒され、いつも以上にクラスメイトたちを怯えさせながら、今日は一日、満面の笑みで以ってすこぶる上機嫌だった。それもこれも、「今日」という日に、奴と俺とで交わした、ある一つの約束がそこに横たわっていたからだった。こんなに待ち遠しいのは初めてです、とそれから何度耳元で囁かれたことか。(その度に引き剥がすのが大変だった)
 じりじりと、まるで真夏の陽光に照りつけられたかのような嫌な汗がつと背筋を伝う。
 本当に。
 ……本当に本当に本当に。
「お前を侮った俺が馬鹿だった」
 だがもう今頃言っても「時すでに遅し」であることはわかっている。言質は随分と前に取られているし、反故にしたら向こう三ヶ月毎日報復に出ると宣言されている。どんな内容になるのかは、おおよその予想がついたのでもう敢えて聞かなかったが。(きっとロクでもないことばっかりだ)
 ……と、普段はそこまで警戒し、構えているというのに、ああ、まったく、めでたい日というものに対してはついつい人も寛容な態度になってしまうものらしい。
「俺の馬鹿……」
 呻くように最後に呟いてから意を決して顔を上げる。
 それから。
「あ、あ、あー……いしてる」
「はい、僕もです」
「すきだ。すきです。だいすきだー」
 こんちきしょうッ、と。
 それは心の中だけのオフレコで付け足しておく。
(……よし、最後まで言えた!)
 ようやく亡羊と漂っていた夢現の世界から必死の帰還をなんとか無事果たし、苦渋の時を凌いだ自分に、これもやはり心の中だけで褒め称えるようガッツポーズをとる。
 が。
「…………しかし綱吉くん」
「…な、なんだよ。約束はちゃんと果たしただろ!」
「ええ。ですが、まさか小学生の演芸会のほうがまだマシな、これほど見事な棒読みっぷりでくるとは夢にも思いませんでした。いや夢見心地ではありましたけれど」
「じゃあ、いいじゃん!」
「――――けれど、せめてもう少し感情を込めて言って下さるよう、要求します」
 機嫌がほんの少し下降した顔で頑と訴えかけられる。
「なっ……!?」
「要求します」
 機械的に、その後も延々と要求しますを繰り返してにじり寄ってくる。その様相たるや、いやに落ち着いて淡々としている分、こちらの予想を遥かに上回る執念深さが垣間見え、ひやりと背筋に冷たいものが走った。……やばい。こいつ目がマジだ。
 今日という日をどれだけ楽しみにしていたかを毎日嫌というほど間近で見て知っている自分としては、確かにまあ、ちょっと………ほんの少しは悪かったかもしれないと思うことは思うけれど。
「ちょっ、待っ、む、無理だって! お前だってそれはっ……!」
 感情が入らなかったわけではない。
 そもそもそういった感情がないのだからしょうがないではないか。だが奴は相当不満だったらしく、
「――――――要求します」
 声のトーンがまた更に一段階下がった。拗ねるとかいうもうそんなレベルではない。活火山の噴火一歩手前くらいの状態、スイッチが入るか入らないかといった、これはギリギリの状態に近い。
 そして一旦それが入ると被害はまさに甚大、傍迷惑を極め、通り越して、ただもう凶悪としか言いようのない荒れっぷりをみせることは以前に一度嫌というほど味合わされたこともあって、忘れようにも忘れられない記憶としてこびり付き、懲りに懲りている。
(しかもこいつ、その時の記憶がないときてやがるしっ!)
 それはそれで自分にとって都合がよいことではあったのだが、それだけ暴走していながら、事が終わって次の日にはけろりとしていた骸には思わずうっかり殺意すら芽生えかけた。あの時、自分は最終的に熱まで出し、落ち着くまで学校を一週間近く休んだというのに。(その間、ずっとこいつは看病しにきてたが)(そして二、三日で治るよと医者には言われていたのに回復に一週間もかかったのは明らかに看病と称して、こちらの抵抗力が弱まっていることをいいことに好き勝手し続けるこいつへの突っ込み疲れの所為だった)
 ……………。
 いや、まあ、そんなことはいい。
 今はそんなことはいいのだ。
 つまり、今は―――
「要求、します」
「――――」
 あの再来を許すか許さないかが、問題であり、
「〜〜〜〜〜っっ」
 あの時の面倒臭さが身に染みすぎるほど染みた今では、どちらにせよ選択の余地はあまりなかった。あの二の舞だけはほんと御免だ。
「要求――――」
「わ、わかったよ! ああもう、ええと、あー、じゃあカラオケッ!」
「………………」
 ぴたりと言葉が止まった。
 それから不思議そうに首を傾げる。
「………そんなさも頭のおかしい、可哀相な子を見る目で俺を見るな。って、わっ、うわ、ちょっ、ちゃんと耳も聞こえてるよ! 引っ張るなっ、引っ……ていうかノータッチ・ノースキンシップだって言っただろうがっっ!」
 どかっ! と、小気味良い音がして、夢中で放った蹴りが奴の向こう脛に当たる。寧ろ弁慶の泣き所? だが、相変わらず顔色一つ変えずにたった今攻撃されたばかりとは思えぬ様子で、多少よろけはしたが、よろけただけで、結局大したダメージを受けた風でもなく骸は顔を上げるとそこでぱちりと一度大きく瞬きをした。
 今やっと、目が覚めたとでも言うように。
「………痛いです、綱吉君」
「嘘つけ」
「少し悪ふざけしただけなのにこの仕打ちは酷いと思います」
「悪いと思ってんなら、さっさとやめろ! お前どさくさに紛れて耳噛もうとしただろ!?」
「おや、バレてました?」
「阿呆か!」
 寧ろバレると思った理由を簡潔に10字以内で述べられるだろお前。
「ちょっと甘噛みしようと思っただけです」
 大したことではありませんと肩を竦める奴に、もう一度、今度は腕を振りかぶって拳を放つ。が、やはりあっさりと交わされ、拳は空しく何の質量も掴めぬまま空を切っただけだった。まあ想定内ではあったけど。
「お前なあ……」
「だって先に約束をないがしろにしたのは綱吉君の方です」
 フイ、と。
 首を明後日の方向に巡らせる。あー……完璧、拗ねやがった。しかし我に返ったおかげか、ライトな拗ね方のほうなのでそれにはちょっとだけほっとする。それからつい思わず苦笑した。普段クールなわりに、時々こうして妙に子供っぽい面を見せる。それを知るのはきっと今はまだ俺だけなのだろう。その気持ちを何と呼ぼうか。
(優越感……っていうのとは、またちょっと違うしなぁ。強いて言えばうちの子は実はこんなに出来るんですよって自慢する………)
「―――って、俺はお前の親かよ!」
 誰もいない宙に思わずビシリと突っ込みを入れる。ああもう条件反射だ。ついやってしまった。それに驚いて怪訝と骸の奴もすぐに顔を向けてきた。……短い平穏のときだったな。一分と経ってないし。
「………何を言ってるんですか、綱吉君? 君が僕の親なわけないじゃないですか。なんです、もう痴呆ですか? それなら僕が責任をもって君の今後の面倒を見―――」
「だってとか言うから。」
「ようと思いますけど………今、何事もなかったかのように話を戻しましたね。さっきのカラオケも件もそうですけど、本当に一体何なんです?」
 意図が見えません、と奴が珍しく困惑気味に眉根を寄せる。それに対する俺の返答は極めて短いものだった。
「だってお前が、だってとか言うから」
「はい?」
 あぁ、どんどん言ってることが支離滅裂に、滅茶苦茶になってきた。ついでに骸の眼差しもどんどん可哀相な子を見つめる眼差しになってきた。俺、オマエにだけはそんな眼で見られる筋合いないと思うんだが。
「あー、もう。だから「だって」の方はもういいよ。その前。棒読みで悪かったよ。悪かった。代わりにカラオケでお前の選んだ曲、何でも歌ってやるから」
 ここまで言うとやっと骸も俺の言いたいことを理解したようだった。
 途端に沈んでいた眼に輝きが戻ってきた。
(ああ……)
 ……わかりやすいにも程があるくらいに。
「本当ですか?」
「あー……うん」
「何でもいいんですね?」
「……英語とか下世話なのじゃなきゃ、まあ概ね」
「替え歌にしても」
「うっ!?」
 そうきたか。いや、くるとは思ってたけど。
 寧ろ見逃すはずがないとは確信はしてたけど!
 キラキラとさえしてくる眼差しに、少しだけ身を引いて、距離を置きながら仕方なく不承不承頷く。
「ほどほどなら……ま、まあなんとか」
 我慢できなくもない。これは「歌」なんだと思えば、なんとか。
 まあ、なんとか。(二度目)
 そして歌ならば、多少は感情移入もできる。(はずだ)
「それでい……」
「――――行きましょう」
 妥協できるギリギリのところを提示し、その確認をし終わった途端、骸は俺の腕をぐいと引っ張って……いや、訂正。俺を引き摺って、とんでもない速さで移動しはじめた。担いだほうが早いですね、などと、実に勝手なことを平然と無遠慮に吐きながら。


 手を引かれ、景色が流れる。
 性急に。
 まるで、目が回るほどのせわしさで。


 けれどそれはたった今生まれたばかりの骸の心が歓喜に震え、喜びを享受する為に律動し始めたことを伝えるもの。
 くるくると、くるくると。
 その伸びた手が俺の身を攫うように引いてゆく。
 そして俺はそんな子供のような骸の喜びように、やれやれと苦笑しながら、やがて小さく呟くのだ。
 聞こえても、聞こえなくてもいい。
 ただそれは―――



「……誕生日おめでとう――骸」





 今日という日に伝える、祝福の。


fin.






06/10/16
06/10/18(修正・加筆)



読んで下さりありがとうございます。普段より少し甘め。
尚コメントはちょっとはっちゃけすぎたので
以下、反転で。



そして連れ込まれたカラオケ屋で片っ端からラブソングを歌わされ、
名前があるところは僕の名前にして下さいねと、当然のように指定され、
ヘロヘロになった頃、最後は「一休さん」にしましょうかとか超うっきうきで言われ、
それはさすがに嫌だとツナが死ぬ気で断るので、じゃあ仕方ありません、と
代わりに骸が自らマイク片手に歌えばいいと思います。

(あの面で)



余談。一休さんアニソンを知らない今の子たちへ。


1番
 (一休さーん)(はーい)
好き好き好き好き好き好き 愛してる
好き好き好き好き好き好き 一休さん
とんちはあざやかだよ 一級品
度胸は満点だよ 一級品
いたずらきびしく 一級品
だけど けんかはからっきしだよ 三級品
アーアー 南無三だ


(途中抜き)


2番
好き好き好き好き好き好き 愛してる
好き好き好き好き好き好き 一休さん
心は優しく 一級品
おつむは くりくりだよ 一級品
おめめは かわいく 一級品
だけど 顔は残念だよ 三級品
アーアー 南無三だ




……問答無用で奴は全てを「一級品」にして全てを「綱吉君」に変えると思います。
(そしてあまりの恥ずかしさにツナはのたうちまわってるといい)




…………あの……どうもすみませんでした……。(震土下座)
(骸はラルクとかが似合うと思います。いやほんと)