とても他愛ない。




* 順応ロマンス *
#01




 順応性というものは、人によって早いか遅いかに分けられる。
 そして周囲から指摘されるまであまりそうと気付かなかったのだが、どうやら自分はその順応性というものが他の人よりもほんの少しだけ優れているとのことらしい。それに気付かされたのはクラスメイトの実に何気ない一言からで。
 曰く、
「ツナってさ、怖くねえの? アイツのこと」
「アイツ?」
 誰を指してのことかわからず、当初首を傾げながらしばし考えあぐねていると、
「そこで考え込むあたり、さすがだよな。ほんと、よく平気でいられるよ」
 と言われ、声音に宿る怯えの影にようやくそれがとある人物を指してのものだと遅ればせながらツナはようやく理解するに到った。
 脳裏にいつもと変わらぬ笑みを張り付けた、一際綺麗な容貌をした男子生徒の一人が浮かんでくる。同い年とわかっていてもとてもそうは見えない落ち着いた佇まいをみせる、彼もまたツナのクラスメイトの一人であるが、迂闊に近寄ればあっという間に噛み殺されてしまいそうな鋭利な雰囲気に、実際気に入らないものには一切容赦がないことから、それらが両方見事なまでにあいまって余計に他クラスメイトたちの心を遠ざけているのだろうとツナは推測している。
「いや、まぁ……俺も最初は怖かったけど」
 そんな彼等にかつての自分の姿が重なる。
 だからわからないでもない。
 綺麗だけれどその面に浮かぶ酷薄な笑みは決して安易に優しいものでないのは一目見て即座に感じることはできるし、寧ろ笑いながら何の予告もなく信じられないくらいの強烈な暴力を突然振るわれたこともあるくらいだ。
 なに、この人!? と、即行で要注意人物・危険人物として記憶のど真ん中に刻み込み、極力近づかないようにしようと対防衛線まで人知れず張ったことのあるツナである。彼が恐れられるのも無理はない。自分だって最初は怖かったのだから。
 だが今となってみればそれも馬鹿な……というより平行線な努力だったなと妙に達観した眼差しで過去を振り返ることができる。要はクラスメイトたちはまだそこまでたどり着いてないだけの話なのだ。
 単純に、慣れて、よくよく観察してみればすぐにわかる。
 その証拠に。
「でもアイツ、あれはあれで面白いところもあるし」
 ――――瞬間。
 面白いところ!? と、さりげなく聞き耳を立てていたらしい教室中の男子生徒たちから目一杯の愕然とした突っ込みを受けて、その勢いにうわっとツナは机からのけぞって驚いた。
「い、いや、そんな面白くはないかもしれないけど……」
「でも面白いんだろ!? たとえばどんなだよ?!」
「…え? えっと……」
「おい、ツナ。教えろよ。俺たちアイツの面白いところなんてちっともわかんねえよ。怖いところなら山ほどあるけどさ!」
「…あぁ。まあ、それは確かにね………いや、でも、そう思うのは俺だけかもしれな……」
「なんだよ、もったいぶらずに教えろって!」
「…………」
 なにがどうしてそんなに聞きたいのか、せがむようにして訊いてくるクラスメイトたちにうーんとしばしツナは考え込む。予想ではあるが、彼はきっとこういった話をされるのは嫌がるに違いない。
(なんだかんだ言って俺様な奴だしなあ)
 だがこれは良い機会かもしれない。
(その上、やたら天邪鬼だし)
 互いに歩み寄る為のものとしても、誤解を解くものとしても。ちょうど良い。自分の知る彼は確かに怖いけれど、実際はただそれだけではなく………
 思い、じゃあ言うけど、と観念して顔を上げる。
 が。
「あ」
「あ??」
 ツナへと群がったクラスメイトの山の向こうで一体いつの間にいたのか、渦中の男が微笑みの貴公子然と静かに佇んでいるのが見えた。
「なにやら面白い話をしているみたいですね、皆さん」
 けれど実際の笑みはクフフと特異な笑みで、囁き洩れたそれを聞いた途端、クラスメイトたちの顔色がザッと一気に青くなった。
 ぴんと張り詰めた空気のなかにまるで刃のような緊張感が漂うのがわかる。皆一様に、青いを通り越してすでに紙のように白く顔色を染めていく。
 しかしツナだけは、その誰もが固まる怪しげな笑みを以前よりは随分と柔らかくなったと感じていた。おかしなものである。一番に目をつけられ、一番酷い被害を被った自分のほうこそが今では彼のことを他の誰よりも深く理解しつつあるというのは。
 だからこそ、今もわかる。
 クラスメイトの緊張を敢えてわざわざそうやって彼が無駄に煽っていることも。
 そしてそれもこれもすべて。
「骸」
「何ですか? 残念ながら綱吉君には訊いていませんよ。僕は君以外のひとに訊いているんです」
「……言おうとしたのは俺だけど?」
 関係ありません、と、にべもなくスッパリと言う。
 あくまで標的はツナ以外のツナの話を聞こうとしたクラスメイトたちらしい。同罪という言葉はその瞬間あまりにもあっけなく骸の中で抹消された。
「…………」
 黙ったまま視線を元に戻す。
 つまりは硬直し続けるクラスメイトへと密やかな懺悔と共に。
「という感じで…………こういうところが面白いって……言っても、あの、わかる……かな?」
 おずおずと、とりあえず言ってみるも返答はなかった。
 なかったというか、寧ろ理解されなかった。
 この後に、お前の順応性を俺たちは絶対に認めねぇ! と、涙ながらに訴えられたりもしたのだが、それも二学期が終わる頃にはなんとなく漠然と慣れた光景として皆の意識に定着した。
 それはツナにとっては傍迷惑極まりないことでもあったが。
「いいから君は黙ってて下さい。あと、そんなことは君だけ知ってればいいんです」




 もう順応性がどうとかっていう問題でもないよなあ、と思いながらそれを聞く。
 ついでに気になる相手ほど苛め倒してゆく、お前はガキかと時折突っ込みたい衝動に駆られる骸の変に歪んだ、それでいて不器用な感情表現の在り様を身をもって知っている今では。そうそう無下にもできない自分にツナはただ深いため息をつき、やがてこれから訪れるのであろう冷気溢れる彼なりのスキンシップの仕様に、

(……仲間はずれにされて面白くないならそう素直に言えばいいのに)

 まだ何も知らぬクラスメイトたちの不遇を思って、人知れず密やかな同情を寄せるのであった。


fin.






06/10/11
06/10/15(修正・加筆)


実はあれ、愛情表現の裏返しなんだよとツナがあとでこっそり教えたら、
臓腑をえぐるような各個人撃破を受けたクラスメイトたちに(調査担当は犬柿)
泣きながら、お前は一人逃れたから!! と突っ込まれて、「ご、ごめん、
あの……いや、でも、アイツも別に悪気があってやったわけじゃないと思……」
とか、気づけば擁護して保護者のように代わりに謝ってるといいです。


というわけで同学年ネタ、まだ続くかもしれません……(楽しかった)