(言い訳なんてきっと出来なかった。それすら、気付かなかった)




きみにかえる

(10年後マフィア話)

Prologue


 ばったばったと足早に歩いてく。
 というより後ろを振り返る余裕などどこにもなく、ただもう必死に駆けていく。
 もし振り返れるような余裕があればとっくにそうして、迫り来る現実に何らかの対処と対策を講じていただろう。それが出来たのならいい、けれど実際には咄嗟にその場から走り去ることしか出来なかった。採るべき選択はただもうそれだけとばかりに逃げてしまった。それは、目覚めた男をそのまま前にしたなら、きっと自分は多分余計なことを迂闊にぽろっと零してしまう―――そんな危機感だけが明滅する意識と共にあって。
 ここにはいられない。一刻も早く立ち去って、どこかに遠くに逃げなければ。
 とにかくそうしなければまずいという強迫観念にも似た強い思いに背を押されながら、頭を打ち鳴らす耳障りな音が実のところ自分の荒れた鼓動の音だと気付いたのは、それから逃げるようにして与えられた部屋のベッドへと身を投げ出した後のことだった。
 はあはあと荒い息遣いが更に雑多に鼓膜を揺らす。息苦しい。全力疾走とはいかないまでも、ずっと歩を緩めることなく走ってきたのだからそれもそうか。自慢ではないが学生時代によくやった持久走は本当の本当に苦手だった。体力のついた今でも争いごとは消耗の激しい持久戦などより瞬発力の要する接近戦の方が得意なのである。だがだからといってそうそう事は希望通りに進むわけでもなく、戦局がどう転ぶかなど一寸先は闇と同じように、わからないからこそ、自分には六人もの守護者がいるのだ。それに他にも幹部の者たちや多くの部下、同盟者達もいる。
 皆、自分の大切な仲間であり守るべき家族だ。
(家族――なんだから)
 こんなのは間違ってる。
(あ、ありえないよ!)
 自棄になって自らの胸の内にその思いを叩きつけるも、しかしそんなことで今在る現実が変わることはまずなくて。
 ありえない。
 けれど起きてしまった、起こしてしまった事実はゲームのようにリセット出来ない、やり直しが利かない。それが生きるということだ。
 だから――。
 どうして、と混乱の坩堝と化した思考に延々と多大な質疑を呼び寄せながら、ボンゴレ十代目、その名を正式に冠するようになって早や十年、その歳月が過ぎた今日、この日、この時。
 綱吉は酸欠状態にも近い赤ら顔を必死になってベッドのシーツに押しつけ、自らの起こしてしまった突発的、衝動的とも云える行動の意味をなんとかして他に捻り出そうとしたが、それが徒労に終わることも早々にその胸の内で理解していた。
 何故なら自分はそういう人間。
 見つけてしまった心を今更偽れるほど器用な人間ではないのだ。