時間と場所と、場合を以って。




★ 朝から一緒 ★

(10年後マフィア話/コミカル)



 ―――瞬間。


 女性のものとは到底思えぬ、奇怪な悲鳴が辺りに響き渡り、道行く人々がすわ何事かとその眼差しをこちらへと向けてくるのがわかった。チクチクと突き刺さるそれらを背中に感じ、居た堪れなくなるも一瞬、けれどなんとか無理矢理、強引にこれを理性の中に封じ込め、遙か先へと追いやって。

「ハ、ハル! ちょっ……落ち着いて! 頼むから!」
「はひ!? だ、だってツナさん! これが落ち着いてられますか!? そっ、そっ、その悪魔! その悪魔!! い、いいいい今私に何をしたと思って……ぐはぅッ?」
 涙目の、烈火噴煙とした形相で今まさに詰め寄ってこようとしたハルが、またも素っ頓狂な声を上げて、(…ああ、これ、怒声っていうより悲鳴だよね……と内心で思ったりもしたのだが)予定していた行動に思わぬ制限を受け――正しくは首根っこをひっ捕まえられ、問答無用で動きを差し止められて――紅潮させていた顔色を今度はそこから青白いものへと変化させた。
 ……突進しようとしていたところを急にストップをかけられたのだからそれもそうかもしれない。意思に反して引き絞まった咽喉を押さえ込み、そのあと、はひはひとハルはその場で恥も外聞もかなぐり捨てていつものように豪快にのたうち回る。見れば折角綺麗に結い上げていた髪がこの騒動でもはや見る影もなく随分とボロボロになっていた。
 これには流石に可哀相に思え、次いで更に深みを増した、周囲の突き刺さる視線の数々に、
「……骸。お前が悪い。やりすぎだ」
 呻くハルを横目に、用が終わればさっさとその手を首から離して佇む事の元凶、骸へと厳重注意の眼差しを向けた。が、対する骸はというと相変わらずこちらの命令などどこ吹く風といった態で、公然とこれみよがしに苦言を無視して、冷静そのもの、幾らも動じた様子もなく寧ろ涼しげに微笑んでその場に立っていた。
 …………。
 反省しているようにもとても見えない。
 いや、見えたらある意味それはそれで奇跡なのだが。
「む、骸さん!」
 そうこうするうちになんとか自力で復活を遂げたらしいハルが涙目のままそんな骸をキッと、めげずに下から睨み付けた。勇ましいなあと、もうどこかに逃げたい気分になりながらも、それでも今更放り出すことはできず、あんまり無茶をしてくれるなよと心配しながらハルの動向を見守る。
 学生時に一方的に惚れられて以降、マフィアのボスの妻になるのだと頑固に言い続け、イタリアにまで追ってきて意志を貫き通そうとするその屈強さは、夢叶わぬまま十年の歳月が経ってもけして変わりなく、変わり映えのない、そういうところは素直に凄いと思うし、健気だとも思うけれど。
 だからといって、
 ―――よりにもよって。
「そうやって笑ってられるのも今のうちですからね! フ……フフフフフ、明日になったらハルはこれまでのツナさんとの清らかな愛人関係にようやく重い幕を下ろし、窓辺のカーテンを軽やかに上げながら、射し込む朝日を二人仲良くベッドの上で眺―――眺め……は……はひー!!?」
「なっ! ななな何言ってんの!? 何言ってんの、ハル!!  っていうか、あああ! こっ、こら、ちょっ……骸! お前も何やって……!」 
「妄想甚だしいのはこの頭ですか? ハルさん」
「はひー!? ひぃぃいい!!」
 想定外の、とんでもない喧嘩を売ったハルに、笑顔のままそれを買い取った骸ががっしとハルの頭をボールを掴む要領でわし掴んで、本人の意思を大いに無視して左右に勢いよく振り回してゆく。遠慮など皆無だ。欠片さえも見当たらない。
 あっという間に目を回したハルがぶくぶくと白い泡を噴きながら、それでも懸命に抗議らしきものを共に吐き出してもいたが、いかんせん、目どころか舌も回っていないらしく、最早すでに何を言っているのかまるでさっぱりわからない。
「もう止めろって、この馬鹿! 骸! ああっ、ちょっ、加速させんな!」
「おや? どうしたんですか、綱吉君。そんなに慌てて」
「は……はひぃ……ひいぃ……ツ、ツナさぁん……はりゅは……はりゅはまけますぇえええ〜……んんん」
 泡を噴きながらようやく骸の魔の手から逃れることができたハルがくるくると踊るようにして錐揉みに舞った後、そのまま素で顔から地面にダイブしようとする。
「ハ…ハル!」
 それをすんでのところで抱きとめて、あわやの大惨事をなんとかギリギリのところで避けるも、ほっと胸を撫で下ろした、その直後。
「そこまでする必要はありません。」
「あっ!?」
 べりっとそれが人間と認識しているとは到底思えない、まるで容赦のない無造作な動作によって腕から乱暴にハルの身が引き剥がされた。
 けれどハルはそんな自身のぞんざいな扱い方には文句の一つも言えず、ただもうされるがまま、意識混濁中……というより、すでにこれはもう意識がないのではないか?
「お、おい、骸。お前、何や……」
 それを見越した上でか、はたまたそんなものなどすでにその眼中にないのか。
 引き剥がしたあと、またも首根っこを引っ掴んでずるずるとそのまま骸は近くの公共ベンチへとハルをまるで重たげな荷物か何かのように引き摺ってゆき、ぽいっと、それでいて軽やかに、
「な…投げたーーっっ!?」
「失礼ですね。これでも随分と丁寧に扱ってるつもりですよ。……………僕にしては」
「最後が余計!! ああっもう、ハ、ハル……ハル、い、生きてる?」
 生きてたら返事して、ほんと頼むから!
 おろおろと様子を窺うその背後ではんっと小憎たらしく鼻で笑う骸の気配がする。………いや、ていうかね? そもそもお前がハルに変なちょっかいをかけなかったらこんな状況にはならなかったわけですよ。わけなんですよ。
(だっ、て、いう、の、に!)
「まったく、これしきのことで……惰弱な女性ですね」
「これでピンピンしてたらそっちのが逆に怖いよ俺は!!」
 諸悪の根源、いつも通りの唯我独尊ぶり。
 まるで反省のはの字もナシ。
 ―――ついでにいうなら。
「さあ――それでは綱吉君、邪魔者も消えたことですし、これからどうしましょうか、クフフ」
「勝手に消すな、まだ生きてるよ! ていうかにこやかに……い、痛い痛い!! こら、手を離せ! ギリギリいってる、ギリギリいってるから! イッ、イタタタタタタ……ッ!!」
 がっちりと世間で言うところの恋人繋ぎをされて、ずるずるそのまま目的地も何も告げぬままに強引に今度は俺を引きずって行こうとする。直感でなくても、何か非常に空恐ろしい危機感が身に募る。――――と。
 そこへ。
「だっ……だめですッ!!」
「いっ!?」
「……は、はひ……ツナさんは、ツナさんは……今日、ハルの誕生日を祝ってくれるんです……! よ、夜明けのコーヒーを、ハルと一緒に飲むって約束してくれたんです……!」
「いッ、いやいやいや! 誕生日祝うとは言ったけどそんな約束は一言も交わしてないからっ!?」
 根性でどうにか意識をこの世界へと引き戻してきたらしいハルが、咄嗟に空を掻いた俺のもう片方の腕にしがみ付いて、ぐいっと自らのほうへ引いた。
 それは骸同様、手加減一切なしの、力の限りを尽くした必死さで。
 瞬間。
「―――っ!」
 ぎちり、と。
 両腕の軋む音が聞こえたような気がした。というか、した。
 ものすごくした。
「乙女の夢を邪魔するなんていくらツナさんの守護者だからって許せません! そ、それが大人の男性のすることですか!? 大体、ハルはツナさんの愛人なんですからこのくらいのことあって当……」
「綱吉君、面倒です。もうこの際、一思いに殺ってもよろしいですか。」
 言うが早いか、胸元から取り出した黒光りする拳銃を何の迷いもなくハルの額に当て―――やはりそのまま何の躊躇いもなく骸はその引き金に自らの指をかけてみせた。
 その間、約コンマ零点二秒ほど。
 電光石火の出来事だった。
 ………笑顔が続く。
「あぁ、大丈夫ですよ、ハルさん。痛みなんてほんの一瞬ですから。夜明けのコーヒーは無理でも、これで明けることない闇へと無事堕ちてゆけます。だから安心して下さい。『自称愛人』さん」
「は…はひいいいいいーーー!!!」
「ちょっ、二人とも、いい加減、は、離し………痛ーーーーーっっ!!」
 俺の腕を引っ張ったまま、骸の本気に今にも卒倒しそうな大音声の悲鳴を高らかにハルが上げたのを最後に―――天下の公道で、頼むからこれ以上騒ぎを大きくしてくれるなとか、それができないならせめてもう少しTPOというものを考えてくれだとか、不審者の烙印を押されまくる周囲の冷たい眼差しに朝っぱらからこれは何の試練だと思考の遙か隅で思いながら、今にも引き千切れそうな両腕の痛みにそんなまともな意識はあえなく霧散し、失墜し―――
「ひぃ、はひいいいいいいいいーーー………!!!」







 ……あぁ、明日からしばらくこの道通れなくなるなぁとか。
 それはそれで呑気なことを暮れゆく意識とともに悲嘆に暮れていたのだった。


fin.









06/11/17
06/11/27(修正・加筆)



■ハル■「お題:朝からテンション高すぎで」(配布:フルッタジャッポネーセ様)


ハル(自称愛人)と骸さん(自称恋人)は明るく仲が悪いとよい。
そして迷惑被るのはいつもの如く我らがボスだったりするとよい。
ちなみに本妻(京子ちゃん)はどちらもにっこり笑顔で了承済み。

……。
………。


本来の正しい三つ巴の意はこちら。


【三つ巴】 勢力がほぼ同等の三者が入り乱れて争うこと。
三省堂提供「大辞林 第二版」より)




一人抜きん出過ぎだと思います先生