それは幸福と呼べる何か。」の続きのような、
そうでもないような。単品でも読めるようには書いてます。







「 溢れる世界とともに 」



 あー……クリスマスなのになァ。


 固いアスファルトの地を駆けていきながら、ふとぼやくようにして呟いた。淡いモヤがその途端、開けた唇からふわりと零れ、咽喉の辺りで一端滞ってから背後へとするりと滑っていく。流れる視界の端で、一瞬だけそれを留めつつ、それでも明神は止まることなくただひたすら走り続ける。
 その視線の先には手負いの陰魄が何事かを煩く―――おそらく俺への罵詈雑言だろう―――喚きながら、自分との間を少しでも空けようと必死になって逃げ回っている姿がある。
(というか、まあオレも必死なんだが)
 取り逃がしたのは一瞬の隙を突かれてのことだった。
 だからこれは自分の責任、自分の過失、自らの甘さが引き起こした自業自得の現状だと――――わかるにはわかるのだが。
 世間様はクリスマスモード一色。
 路上には、いかにも私たち幸福ですと言わんばかりな、甘いカップルたちのラブ増殖。
 それらが視界の左右には溢れ返っている。
 時折、そんななかを性急に走り抜ける明神を、一体何事かと不思議そうに追う眼差しがあることにはあったが、気にしている余裕などどこにもない。

(走れ走れ走れ、走れ――――走れ……ッ!)

 一刻も早く、うたかた荘へと帰る為に。
 切なる願いを込めた感情を下地に、気合いを込めてただ明神は走り続ける。
 もっと詳しく言うならば、サンタを楽しみに待っているアズミの為に。
 もはやサンタの正体など疑問にも思っておらぬだろう、エージの為に。
 それから―――
 眼裏に明るい一つの笑顔が浮かぶ。


(一人で上京してきた……ひめのんの為に)


 せめてこんな時くらい。
 楽しい思い出を作ってあげようと、実は兼ねてからクリスマスにはとサプライズな計画を色々と練っていたのだ。本当にもうあれこれ。様々。着々と。
 一晩中、皆で笑い明かせるように。
 そう思い、これでもうたかた荘の管理人としてそれなりに影でこそこそ頑張っていたのだ。
 最近なんだか少しばかり失われてきたような大人としての威厳や、個人的な尊厳、回復の為にも。(――勿論メインはアズミやエージやひめのんの為なんだが)

「てぇのに………だーあもうっ、待て! 逃げんな! いい加減観念して止まりやがれっ!!」

 それがこんな状況では………もはやサプライズ計画どころではない。叫び声だけが、ただ空しく夜の闇に消えていく。すでに時刻は10時を回り、もはや11時になろうとしている。これでは今晩中に帰れるかどうかもあやしい。いや、たとえ今日中に帰れたとしても、すでにアズミやエージは生前の習慣で眠りについている頃だろう。
(は、はは……服……無駄になっちまったなー)
 あんなカラフルな時期限定な衣服、着逃したら、他に一体どこでどう活用すればいいというのか。
 ……あるわけねえよなあと一人ぼやきながら、その裏でかかった出費に頬を引き攣らせる。もし仮に、見てもらえるとしたら。
 そんな可能性が、ある、としたら。
(……ひめのんなんだが)
 ――――いやソレはやめておこう。
 笑われるのがきっとオチだしそれにもし引かれでもしたらちょっとどころか、かなり痛い。痛すぎる。
 思って、即座に不吉な予感を振り払う。
 結局日の目を見ることのなくなった赤と白の仮装サンタ服を押し入れの奥だけでなく心の奥底にまでもそっと涙ながらに明神は仕舞い込みつつ、クリスマスなのになァとまたも小さな独白を零した。
 刹那。
 ……ふわ、と。
 視界を白く染め変えていった自らの吐息が、冷たい頬へかかり、それがきっかけとなって物思いに沈む明神の意識を現実へと引き戻した。
 甘やかに、相変わらず機嫌の良い軽快なメロディが、恋人たちの溢れ返る街では賑やかに流れつづけている。
 それに比べて自分は、となんとなしに詮無い溜め息が零れはするが……だが、まあ―――今の自分は取り逃がした陰魄を捕まえることが先決で、個人の尊厳云々の前にやるべきことがきっちりやれないようでは何を主張しても説得力がなさすぎるわけで。
 やれやれ……と、嘆息に次ぐ嘆息を零し、深々と身に突き刺さる鋭利な冷気の刃をこれまた背後に流すようにして全力で街路を駆け抜けていく。たとえ身の凍るような寒さだからといってこんなものに負けている場合ではない。

 吸い込んだ息を大きく吐く。
 ばしりと頬を叩いて、気合いを入れた。
「―――っっし! 捕まえるぞ!」

 せめて、日付が変わる前にうたかた荘へと帰るべく。



 地を駆ける足音に強い意志がこもり、アスファルトを踏み締める音が街角のクリスマスソング とともにそんな明神を追い掛けるようにして空気を揺らす。
 それに。

「メリークリスマス。……アズミ、エージ、ひめのん」

 低く呟き、願いをかける。






どうか。
溢れる世界とともにお前たちがいつでも笑っていられますように。


fin.





そしてボロボロへとへとになって帰ってきた明神を、机で突っ伏して、
さっきまで待ってましたな態勢の姫乃がプレゼントの横で寝ていて、
なんつーか、うああ、起きてる間に帰って来れなくてごめん!
とか申し訳なさ一杯になりながら、置かれてるプレゼント見て
なんかほんのりじんわり感動してるマダオな明神さんがいるといいと思います。

そして一日遅れのサンタ登場。(最後また台無しか。)



06/03/17