捏造満載。色々設定的に間違ってるんですけど、
そのへんはスルーでお願いします。(あれとかそれとか)





季節のせいか、時期のせいか、それとも単に性格なだけなのか――その日の姫乃は朝から陽気でいやにテンションが高いなとは思っていたのだ。


「 それは幸福と呼べる何か。 」




ただいまーと玄関で間延びした声がしたのは、日中遊び倒したアズミが昼寝の時間を終え、またうるさくエージエージと俺の名を連呼してはまとわり続けていた時のことだった。思わず今現在の時刻を確認して、なんだ? 珍しいな、と訝しげに眉を寄せる。外を見れば窓から覗く空も、もう朱の色から群青の薄闇を広げつつあって、それは普段寄り道をあまりしないアイツにしては珍しく遅い帰宅だった。
今日は明神もいないからイマドキの女子高生らしく羽目でも外したのかと思っていると、足元でうるさくじゃれついていたはずのアズミの姿が気付けばいつの間にかなくなっていた。
どこ行った? と、思った直後。
「ヒメノ! ヒメノー!」
ぱたぱたと駆けてゆく小さな足音が耳に届いた。
あー……あっちに行ったか。
ようやくアズミの遊び相手から解放されたことを知って、ハアと俺は苦い溜め息を吐いた。アズミの相手は、実際、自分の修行よりも疲れるのだ。

(―――ていうか、俺、今日素振りしてねえよ!)

寧ろアズミの相手しかしていない。しかもアレは強制イベントだ。隙を見て逃げ出さなければ即アウトの悪魔の強制イベントだ。
廊下の向こう側で、ヒメノ、おかえりーとひどく無邪気な声が聞こえる。さっきまで人の背中を使って馬だの象だの傍若無人に遊び回っていたとは到底思えない、一転して素直なアズミの声だった。
………………。
子供は天使だなんて世間一般では言われてるらしいが、本当にあれは大人の都合の良い解釈と見果てぬ甘い幻想だ。子供の俺が言うのだから間違いない。

「ごめんね、遅くなっちゃって。すぐご飯作るから………って、あれ? 明神さんは?」
「明神、お仕事だって!」
「そっか、うーん……じゃあ、しょうがないかな。先に渡しちゃおうっと。はい、これ、アズミちゃん
に」
「なあにー?」

不思議そうなアズミの声がした―――と思ったら、次の瞬間、きゃあと黄色い歓声が突然何の予告もなく上がった。きゃっきゃっと子供特有の甲高い笑い声がここにいても鼓膜を刺激してくる。
(…なんだ? アズミのやつ、何やってんだ?)
ふと好奇心をも刺激され、つられるようにして自然と足がそちらへと向いた。
そして廊下の角から何気なく顔を覗かせると、玄関先で妙に嬉しそうな顔をした姫乃と、その姫乃の足元で兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねているアズミの姿があった。その手にはさっきまではなかったはずの真新しい一冊の絵本が握られている。
なんだ、どういうことだ? と眼を瞬かせていると、
「あ、エージ君くん?」
「っ!? な…なんだよ!」
アズミに注意を払ってる隙に運悪く姫乃に覗き込んでいるのが見つかってしまった。気恥ずかしさからつい口調を荒げ、邪険な声音になってしまう。
だが相変わらずそんなことは気にも留めぬように。

「ちょうど良かった、あのね……エージ君」

言って。
ぱたぱたと急に近寄ってきたかと思えば。


「―――とりゃ!」
「うおっ?! あにすんだよ暇人め」


いきなり体当たりを食らわされた。

…お……おいおいちょっと待て、なっ、なんだよ、なんなんだよ、こいつ……!
つか、わけわかんねえ! なんだよ体当たりって!?

不意を突かれて心拍数の上がる俺だったが、目の前では姫乃がにこにこと嬉しそうに笑っている。びびって……いや、驚いてる俺がこれではただの間抜けじゃねえかとなんとか動揺を押し留め、とりあえず突然の凶行に走った姫乃に文句を言おうと口を開き―――ふとあることに気付いた。

……なんだこりゃ?

思ったことがそのまま顔に出てたのか、

「クリスマスプレゼント。エージ君の耳、なんか無防備なんだもん」
何故か得意げに胸を張って姫乃が笑った。
予想外の出来事に一瞬虚を突かれて言葉を失う。
(……クリスマスプレゼント?)
姫乃の視線の先にあるものを腕を伸ばして確認する。ふわふわとした感触が一番に指先に触れ、くすぐったさを覚えるそれがすっぽりと自らの両耳を覆っている。あたたかい。

「…耳あて…」
「うん。どう? 気に入って貰えると嬉しいな」

腕を下ろして姫乃を見る。
(ああ、なんだ………今日クリスマスだったのか)
道理で今日はどこか朝から浮かれ調子だったはずだ。
帰途が遅かったのは俺たちのプレゼントを買いに行っていたせいかもしれない。
そうしてみれば外の空気もどこかしら陽気に、変に浮ついていたような気もしてくる。アズミに引っ張り回されていたからそれほど気にも留めていなかったが。
赤と緑のクリスマスカラー。
そんなものが視界の隅々で、確かに今日という日の存在を主張していたかもしれない。気付かなかった。
(……そっか、クリスマスか)
師走という季節のせいか、時期のせいか、それとも単に性格なだけなのか――今日の姫乃は確かに朝から陽気でいやにテンションが高いなとは思っていたのだ。
(クリスマス―――)
この為だったのか、と。ようやく合点がいった。
アズミには新しい絵本を。
俺にはこの耳あてを。
…さっきの会話から察するに明神にも何か買ってきているんだろう。だがいない奴はまだそれを受け取ることができない。なんとなく……なんとなくだが、ほんの少しだけ、ざまあみろという気分になったのはこの際無視し、横に置いておく。きっと激しく気のせいだ。


「……あー、サンキ…」
「ふふ、あはは!」


礼を言おうとした途端、今度は急に姫乃が笑い出した。突然のことにぎょっとする。
―――というより、
「おま…! 人が礼言おうって時にいきなり笑うんじゃねぇよ! くそっ」
そのあまりのタイミングに、何か一生の半分くらいの勇気をぺしゃんこにされた気分になった。だが姫乃はそれに気付くことなく笑い続け、俺の肩を掴むとまるでダンスでも踊りかねない勢いで――
(なっ……!)
がくがくと身を揺すられて危うく舌を噛みそうになる。


「ちょっ……オマ……いい加減に……っ」
「あは、ごめん、ふふふ。だって、なんかお猿さんみたいなんだもん、エージ君」
「さ……!?」
「これ見た時、お店でピーンときたの。良かったぁ、似合うと思ったんだぁ」
「猿と言っておいて似合うっつーか普通?!」


噛み付くようにして非難すると、いいじゃないの、と頭上で軽く一蹴された。


…………お……、おいおいおいおい?!
断言したよコイツ。今、思いきりしたよコイツ!


「あはは、うん、でも似合ってるよ、エージ君」
「……………」

さらりと言いやがった。

………あー……ああもう、なんだか馬鹿らしくなってきた。きっとこれ以上の押し問答ははっきり言って(姫乃相手には)あまりにも無意味だ。
いくら文句を言おうとプレゼントはもうすでに俺の耳をしっかりと覆っているし、選んできた当人は貰った本人よりも何故かいやに満足しきっている。
充実感というか、達成感というか。
そんな変な感情を、その胸に。


「……はぁ、お前ってやっぱ変な女」


結果。
驚きも困惑も通り越して、もはや呆れた溜め息しか出てこなかった。


「えー? だって可愛いよ?」
「かっ……!」

まだ言うか。
咽喉まで出かかった文句を辛うじて呑み込み、すっきりとしない気持ちを晴らすように、せめてもう一度、本心からの言葉を俺は舌に乗せる。それでもきっとコイツは笑うんだろうな、とか、俺も俺でどこかそんな変な予感を胸に。




「………ったく、ほんと変な女」




口を開いて、文句を言う。



――――けれどそんなぼそりと呟いた後に胸を満たしたものは、もしかしたら、倖せと呼べるような何かだったかもしれない。


fin.




ひとまずアップ。コメントはまた後日。
というか、なんでか、一番好きなガク姫外して
エジ姫……(笑) 書ききった、初みえる創作でした!
そして初なのに人様にさしあげた創作……無駄に勇気がある。
(しかも大好きなサイトさんに! ね!/恐れ多すぎる)


基本ラインはすでにあったので書くのはとても楽というか、
楽しかったです。一人称で書くのは結構珍しいのです。


06/03/10