明神さんの扱いが酷くてすみません。




「 昼下がりの Heart Line 」




「これをね、こうして……こうすれば……っと」

 休日のうたかた荘。

 自前バットの手入れをしようとリビングを訪れたエージの目にまず一番に飛び込んできたのは、気だるげな午後の空気のなかで、せせこましくテーブルに身を寄せ、せっせと手を動かす姫乃の小さく丸まった背中だった。そのすぐ近く、テーブルの向こう側では興味津々とばかりに瞳を輝かせるアズミもいる。しかし二人とも何かに熱中していて、エージが部屋に来たことにすら気付いていない様子だった。
 そして。

「おい、ヒメ……」

 一体何をしてるんだ? と、若干訝しげにエージが声をかけるのと、

「――はい、出来上がり!」

 アズミの相手をしていた姫乃がおもむろに立ち上がって、その腕を大きく振り上げたのはほぼ同時のことであった。まるでボールでも投げるかのようなその予備動作に思わずエージは目を奪われる。

 直後。


「えいっ!」


――――パンッッ!!


「うおっっ!?」

 室内に響き渡る軽快にして豪快な破裂音が、特にこれといって何の警戒もしていなかったエージの無防備な鼓膜を突き破るようにして鋭く放たれた。
 予想だにしていなかった突然の事に、ビクリッ、と肩を震わし、背後に仰け反る。鼓動もついでに大きく跳ねた。

「……ぉ………おぉ…う……」
「わぁ! ヒメノすごーい!」
「あ、良かった。ちゃんと鳴ったね。うん。成功、成功」

 きゃっきゃっと喜ぶアズミの声が楽しげに室内に響き渡り、もう一回やって、もう一回! と、多分おそらく最終的には一回では済まぬだろう、続きをねだる声があとに続く。

「うん。いいよ、ちょっと待ってね」

 リクエストに気前良く応え、姫乃がまたしてもその手にした四角い紙切れを自身の頭上へと高く高く掲げ――――、

「〜〜〜っって、オイ!! ちょっと待て、コラ! そこの暇人……!」
「ん? ……あれ、エージ君?」

 気付いてなかったのかよ……!

振り返って、きょとんと瞬く瞳に一気に脱力感が襲い掛かってきた。確かにここで怒るのは間違っているし、怒るべきところでもない。寧ろ怒るというか……

「…………………敢えて訊く。何やってんだお前」
「……? えーと、アズミちゃんと遊んでる?」
「いやそういうんじゃなくて」

 そんなのは見ればわかる。遊んでいるのはどっからどう見たって一目瞭然で、だから自分が言いたいのは見ればわかるそんなことでは決してなくて。

「もっとこう……お前……周りを見ろっつうか、自分を見ろっつうか…」

 自然、視線が斜めに下がり、眼差しが立ち尽くす姫乃の膝上10センチ辺りでゆらゆらと落ち着きなく揺れるスカートの裾を捉える。

 それをさっきは背後から見た。



 もう一度振りかぶるなんて、とんでもない。



「え、なに? どっかわたし変?」

 しかもまるで気付いてない辺り、エージの苦悩は微妙な位置(ライン)で多大なる葛藤と共にただただ継続していくばかりだった。けして解決の糸口がないわけではないが、ストレートにそれを言う自分の姿など、まして想像したくもなかった。

「あー、わかった、これのことでしょ? ふふ、エージ君も驚いた?」

 そうこうしている内に早合点した姫乃が、笑顔で先程エージを驚かせた原因の紙切れを取り出してみせる。正方形に近いそれは、まるで折り紙のように内側を何重かに折り込み、

「エージ君、作ったことない? こうやってね、たたんで、あとは空気を入れるように上から下に叩きつけるようにしたらパンッて音が――――」

「だあああっっ! いい! わかった! わかったからもういい、すんなっ!」

 エージの必死の制止に、大きく上体を逸らし今にも振り下ろさんとしていた姫乃の動きがぴたりと止まる。それから何かを思い出すように、ふと眉間に皺を寄せた。

「……………これ、そんなにうるさい?」
「あ……?」
「だって明神さんも、なんかそんな反応だったし」


 今度から朝はこれで起こしてあげるねって冗談で言ったんだけど、それもなんだかすごい勢いで断ら――――


 ヒュッと吸い込んだ呼気で咽喉の奥が鳴った、と、思った次の瞬間には、もう続く言葉も見つからぬまま、エージは怒りの雄叫びを上げ、駆け出していた。

「ってめ、明ー神〜〜〜〜っっ!!!!」





――――自前バットの手入れをする前に、一つ、どうしても問い詰めたいことができた、それはそんなある日の昼下がりのこと。


fin.





06年春コミ・みえる小話ペーパーより。
本編にまじえて、名前知らないけどパンって鳴るように折って渡しました。
しかしA4一枚におさめるのが結構大変で。
もう一つガク姫があるんですが、こっちのがまだマシだったような…。
明神さんバージョンは敢えて書かないほうが想像しやすいかと思い、
やめておきました。明姫も大好きですよ、わたし!
(扱い酷いけど)


ともあれ、思春期の男の子は大変です、というお話。
なんで俺がいちいち気にしなきゃ……とかぶつくさ言うエージがイイんです。(笑)


06/03/23