( 死ぬまで一緒にいてあげるよ )




「 誘うは闇の中へ 」



  手が冷たいと言うと今まで繋いでいた手をぱっと離してごめんなさいと謝られ、その勢いで呆気に取られるうちに、今度はじりじりと距離を取るよう、背後にまで後ずさられた。そのまま人間一人分の空間を作って、五歩ほど後ろを、叱られた子犬のように小さくなってついてくる。
(いやいや、むしろ猫か、ミランダの場合は)
 びくびく、おどおど。そわそわ。
 怯えと緊張を示す擬音までもを見事にその背に背負い、実際には黙って自分のあとをついてくる。その姿に何だろうねと思わず遠い目で「……オレは親猫か?」と突っ込みたくなりもしたが、そんなことをしたら最後、気の弱い彼女は今度は回れ右をして自分から一目散にこの場より逃げ去っていってしまうだろう。その際の台詞を、おそらく自分は一言一句間違えずに言い当てることが出来る。
「ミランダ」
 だから振り返って少しだけ困ったふうにその名を口にした。
 すると逃げるまではいかなかったものの、
「はッ…!?」
 こちらの想像、あまりにもその通りに。
「あっ……ご…ごめんなさい…! あの、さっ、さっきまで水場の仕事をしていたから…だから、その………」
「…………」
 けれどその仕事も今日またクビになった。それを自分は知っている。これで知り合ってからすでに軽く二桁突破の失業数となる。
 放浪癖があり、定職を持たぬ自分も、当のミランダから赤面しつつそれを教えられた時には流石に驚いた。なにせ出会ってまだ二ヶ月を過ぎようか否かといったところで、軽く計算しても六日に一軒の割合で彼女は常に職を失い続けている。
 仕事を探す時間や手間を考えたら、とてもではないけれど信じられない。
 そんな失業数に失業率。
 もっとも本人にもその酷すぎる自覚はあるらしく、だからそれを恥ずかしく思い、この世界の全てに対し確かな自信が持つことが出来ぬまま、おどおどと常に怯えがちなのだろう。
 そうして今日、ついさっき今の仕事をクビになったばかりの不器用で何事にも鈍く、要領の至極悪い彼女はというと。
「……そう、よね、冷たくなってて当然よね。なのにわたしったらついうっかりしていて……あなたにまで冷たい思いをさせるなんて」
 焦りながら、泣きそうになりながら。
 俯いた頬に己の巻き毛をふるりと散らし、吐き出される白い靄の向こう、小さく小さく…その見当違いの気の弱さをぽつぽつと披露してゆく。
「…本当にごめんなさい、ティキさん。次からは、その…気をつけるから…だから」
 それに、苦笑いが浮かぶ。
 堪えきれない。
「あのねぇ、ミランダ」
 くつくつと呆れながら咽喉を鳴らして小さく笑う。すると、「…え?」とあどけなく瞬いた、この世の純粋さを全て押し込めたようなその漆黒の瞳がそこに至りようやく上向き、こちらを見ようとした直後に慌てて逸らそうとする。見逃さず、真正面からそれを覗き込み、ツイと指先で俯こうとするその顎を軽く持ち上げた。
 細い首筋が頼りなく露わとなる。
 それは朱のよく映える色をともなって。
「ティ…キ、さん?」
 事態の変化に茫然と目を白黒させ、その後、自らの置かれた状況に血ではなくみるみるうちに赤く染まってゆく彼女の顔色により一層性質の悪い加虐心がそそられたりもして、故に笑みを深めて、興味の赴くままに更に彼女を追い詰める。
 いっそこのまま暗闇へと攫ってしまおうかと自分のどこか浮ついた気持ちというものを、そうやって笑えるほどに深く自覚しながら。


「ミランダ、そこはオレにあたためてって言うところでしょ。言えばいくらでもあたためてあげるのに」



 一先ず攫う前に食べてしまおうと、ますます裏返る動揺の声にくつりと咽喉の奥を震わせ、暗闇へと誘う言葉をもう一度甘く、その耳元で囁いて嗤った。

fin.








07/09/12

9月インテのアフターでのミランダ阿弥陀でトレードした
ティキミラ小話。むしろ初めてのティキミラ。

そしてティキ、エロい。
それしか感想がないわたしには、奴は分不相応すぎると手酷く確信したりもしました。
こんなのでいいですか。
ティキはエロくていいですか。(変わってる