それが倖せであろうとなかろうと




「 鎮魂の歌を謡う場所はその世界の何処にもない 」




「みんな……まだ、あたたかかったの」
 ぽつりと呟き落とした声の儚さに気付いたのは、自分が彼女のすぐ近くに居たからだとか、その細い肩が小刻みに震えているのが見えたからだとか、そういった単純明快なものが理由となったわけではなかった。
 風に攫われて、半ば消えかけていた声が誰に向けられるでもなく、誰を詰るでもなく、
「…まだ、あたたかかったのよ……」
 ―――他でもない、自分自身を責めながら、涙に深く暮れていたからだった。
「ミランダ」
 労わるように名を呼べば、甲板の鉄柵にかけられた手がきゅっと強く握り締められた。懺悔は続く。そこに途方もない悔恨を滲ませ、痛々しく映る、その今にも折れそうな身をどうしようもなく震わせながら。
 失われた生命の責を、彼女はそうして懸命に背負おうとしていた。
 だがそれは。
(……何の、責任だ)
 それは、背負う必要などどこにもない、言ってしまえば彼女の勝手な感情でもあった。
 戦場に赴く者に、奇跡はない。
 ないと覚悟してその地に赴く。
 そんななかで生命を救ったものがあるとすれば、それは奇跡の皮をかぶった偶然という名の現実でしかない。
 奇跡ではない。
 それはただの事実。だが。
「私は―――」
 それでも彼女はそうは思わないのだろう。
 仮初の奇跡を作り出した自らがまるで罪人のように、嘆き、懺悔し、切と心を苦しめ、痛める。
 残酷な、ひとときの奇跡を生み出した、その罪科を問うように。
 或いは、確かにそれは彼女だけの罪なのかもしれないと、ラビは思いもする。
 たった一度きりの「死」を幾度も幾度も味わうような、味わせるような―――只人では有り得ない所業をいとも容易く成した、その代償としての。

 希望ではなく絶望を。
 救いではなく追悼を。

 その行為の果てが何も生むことのない無形であったからこそ。
 誰にも、その形無き罪を咎め、責められぬものであったからこそ。
 彼女は自分で自分を責める。その罪を問う。
 何故なら贖うべき自身の罪を生み出した彼女だけが、真実、己が手の内でそれが形在るべきものだったことを知っているからだ。
「ミランダ」
 他にかける言葉すら見当たらぬまま、名だけを繰り返す。せめてこの声が彼女を繋ぎ止めておける、ささやかなものとしてその内に響くよう切に願いながら。
「私は、きっといつか……同じところに墜ちるのね……」
「――――………」




 そうして決して大丈夫と言うでもなく。
 彼女の唯一つの「居場所」を、そうやって名を呼ぶことで残酷なまでに自分はまた確保するのだ。








本誌46号で船員さんがミランダさんをもはや死人の身で守ったその後の話でした。


必要とする人がいるからこそ離れられない居場所は、
それが心地よいか否かは、多分問題ではないんだろうと思います。
ミランダさんの性格なら尚のこと。
ラビミラ的には、ラビはそれでもミランダさんに居てほしいと願っていると思うのですが…。
とりあえず暗い小話ですみませ……い、癒しがないですよね。おお。


なんだか気づけば殺伐としたものばかり…。
普通のラブいのも大好きですから!(主張)


05/10/30