------------------「隣を往く、隣人を」



リン、と鐘の音が鳴る。
それをまるで教会のチャペルのようだと言ったのは、朴訥とした穏やかな気性の仲間の一人、大男のマリだった。
マリは牧師のような性格で、それこそお前のほうが教会に似合いじゃねえかとデイシャが笑って言い返したなら、

「それは違う。だいたい牧師はこんなことなどしないだろう。それができる私は、だから牧師になどなりえない人間だ」

それはそれは、実に真面目な答えを返された。
生真面目すぎる、真正直な応えだった。

だからこそ、似合いなんじゃねえかと内心でやはりデイシャは思ったけれど、そうマリが思っているのならそれでいいかと結局我を通すことなく、それを口にすることもなかった
もっともだと笑うと、柔和な笑みがただ静かにマリの唇の端に浮かべられた。
そんなマリの手には発動したイノセンスと、それによって在るべき魂の回帰を果たした、見るも無残なアクマの残骸が地面にと転がっており、助力したデイシャのイノセンスが、まるで幕引きを告げるかのように小さくリンと鳴った。


「なあ、マリ」
「なんだ」
「ちょっと聞くけどよ。……神さまを信じてるか?」
「………、いるのならば」
「なんだよそりゃ」
それじゃ答えになってねえよ、マリ。
「…いろいろあったからな」
「おい。ずりいぞ、そういう答え方は」


含みのある言葉を聞けば、もうそれ以上、それ以下にも踏み込めない領域で整然と微笑むマリを、デイシャはただ黙って見返すことしかできない。たった今、荒々しいばかりの戦闘を終えたとはおよそ想像もできぬほど、慈愛溢れた、そんな柔らかな笑みがそこにあるというのに。


「難しい質問だ。それはとても難しい質問だ。デイシャならどう答える?」
「ていうか俺が訊いてんだろうが。ったく……まぁいいけどよ。―――俺は遠いものより、近くのものじゃん? ほら、」


リン、と鳴る。
発動を抑えたまま、眩く光る、デイシャのイノセンス。


「隣人ノ鐘ならぬ」
とん、と背後の大男を拳で叩いて、


「隣人ノ大男。ていうか、まあ、これキリスト教倫理のパクリだから……ま、やっぱ信じてることになんのかな俺は」
「そうか。他人を信じることはよいことだ」


そう言うマリの表情が先ほどよりもずっと嬉しそうだと思ったのは、きっと気のせいではなかった。信じあえる仲間が横にいる。
同じように、デイシャもまた軽く口角を吊り上げて笑った。
それから。


「あいつももう少し信じてくれりゃ、いーんだけどな」
「神田か…?」
「つうか、それ以外の誰がいるよ」
「…………」

沈黙は肯定だった。
少なくとも、デイシャはそれを肯定と受け取った。

「ま、いいけどな。仲間だから信じろなんて、今時ナンセンスじゃん? それよりも信じられるなら信じろ、つったほうがあいつもやりやすいだろうし、自由気ままにやれるだろうしさ」
「よく知っているな」

苦笑いにおかげさまでと応え、まあ色々と数えるのも馬鹿らしいほどあった神田との衝突と行き違いによって引き起こされた数々の騒動を思い出して、デイシャはくつりと咽喉を鳴らした。
おかげさまで、何度命がけのチョッカイをかけて苛立たせ、そして同じくらいに何度戦いにおいて命拾いをしたことか。


「あいつはあいつだけを信じてりゃいい。それで死なないなら、それで充分じゃねえか。なあ、マリ」


自分たちは、いつ死ぬかも知れぬ世界で生きている。
マリの無言の沈黙をやはり肯定と受け取り、デイシャは更に口角を吊り上げて、至極楽しそうに笑った。そして、


「隣人ノ大男に隣人ノ意地っぱり。―――いい、面子じゃねえか」


空を見上げてデイシャは、なあ? と、自慢げに蒼白い光を零す月へと両手を広げてみせた。
確かにここは月よりもずっと暗く、人が人を滅ぼさんとする人淋しい場所かもしれない。
だが、それでも。
「俺にとっちゃあ」


隣人ノ大男に隣人ノ意地っぱり。






ここには俺の隣を往く者たちがいる。





(俺にとって信じるものは、それだけで充分だ)


fin.



05/04/20(改訂05/09/19)
Dグレ本誌当初の感想文、めいた、短文もの。
というか、こう、ねえ、神田って実はほんとに名前の示す通り、ものすごく友達思いなんじゃない! って、思いました。今日の神田。否、ジャンプ本誌20号、キラは相変わらず黒かったでしょう号におけるチラリズムが零れ溢れてるあの神田。(むしろわたしの脳内が灰色ですみませ)


そんな元帥よりも生きてるコマのあったデイシャの果敢な散り際に心をこめて。
デイシャSSでした。仲間っていいなあ…。