(…おい、お前。守り神なんだろう。神さまとひとがいっしょにいていいのか?)

(さあ、よくないかもね。でもお前、アタシがいなかったらここできっと餓死してただろ?
よくまあ、こんな深いところまで一人で迷い込めたな。迷子の達人として賞賛してやる。ありがたく思え)

(……おまえ、ぼくの守り神のくせにえらそうだ)

(まだお前のじゃない。馬鹿言うな、ガキんちょが)

(な…! お前……!)

(はん、馬鹿に馬鹿と言って何が悪い)

(ば、ばかばか言うな! 守り神のくせに口が悪いぞ!)

(うっさいバカバク)









 ああ、人の一生なんて、思えば短い。
 それでも世界は。


「 神さまの庭 」



 …ォー……フォー…
 小刻みに。
 まるで時計の秒針のように細く紡がれるその名に、導かれるようにして無感動な眼差しを眼前に下ろした。…見つめる。これからおそらくそう大した時間をかけることなく、散ってゆく生命を。見つめて、ぎりと奥歯を噛み締めた。口を開けば色々なものが零れ落ちていってしまいそうだった。だからきつく唇を引き結んだまま、一言も発することなくフォーは眼下へと視線をただ落とす。言葉なんてかけてやらない。
 フォー
 呟く声に、眼差しだけを向ける。
 フォー…
 声は絶え絶えに次第に弱くなってゆく。その残りの生命の灯火を示すかのように。けれど残された時間は短いというのに、自らの主であるその男はそれ以上には何も言わない。ただ名だけを呟く。フォー、フォー。かつては怒声を以って呼ばれたその名だけを。
 緩やかに、ひどく弱々しく。
 まるで産まれたばかりの小鳥が死んでゆく様のようだ。そんなことは当たり前だというのに。
(だってこいつ、もうすぐ死ぬだろ)
 理解していることを改めて自分へと問い質す。眼下の光景は変わらない。……だのに、だというのに。
「――――」
 無言でベッドから出された手を取る。冷たい。人のぬくもりなど持てぬ自分でも、それはひどく冷たいと思う体温だった。理由など知れている。
(死ぬからだ)
 だから、そんなささやかな熱ももうすぐ無熱へと変わる。死んで、消えてしまうから。
「……っ」
 亡羊と眺めていたら頼りなく手を握られた。
 もはや力とはいえない、そんな微かな強さで。
「フォー…」
(……めろ)
 見つめてくる瞳。呟く名前。それが聞けなくなる明日。未来。お前のいない世界。取り残される、置いてゆかれる、自分だけが、いつもいつもいつも。
(考えるな考えるな考えるな! あたしは……っ)
 いつでも、人の世界に置いてゆかれる守り神。


『神さまとひとがいっしょにいていいのか?』


 よくないかもね。
 かつて答えた問答が脳裏を廻る。幼い子だった。あどけなさの抜けぬ顔で、居丈高に口だけは達者な子だった。それから数十年。怒った顔を見た。笑った顔を見た。泣いた顔も、呆れた顔も、困った顔も悲しむ顔も苛立つ顔も傷付く顔も。
 すべて。
(一緒に……いたんだ)
 だから。



「フォー」



 かみさまとひとがいっしょにいていいの?



(よくない。そんなの、いつも……よくなかったよ)



 人は人の世界を生き、守り神の自分の世界はそこにはない。置いて逝かれる。それは、よくないことだ。とても……とても、寂しいことだと、そうあの頃に伝えれば良かったのか。伝えて、どうにかなるようなものだったのか。
 ―――愚問だ。
(きっとどうにもならなかった)
「フォー……」
 自分をそう呼ぶ、呼んでくれるその声がそこにある限り。
(だってお前はいたんだもの)
 いつでも近くにいた。けしてこの身に人のぬくもりは得られずとも、それはずっと多くの形を以って与えられ続けてきた。それを恋しいと、温かいと思う気持ちは神と呼ばれるモノであっても容易に消せるようなものではなく、消したいとも思わなかった。
 神様と人。
 区分けされる世界。
 それでも世界は。
(なあ―――あたしの世界にお前はいたよ。それで、きっとこれからもいるんだ。ずっとずっと……あの頃のように)
 だから寂しいけれど、それは悲しいことではないよ。思いながら握る手のひらに僅かに力を籠める。フォー、と囁く声にじわりと何かが胸に去来した。視界は鮮明。クリアな世界でこれから黄泉の国へと旅立つ男の姿を映す。
「馬鹿だ」
 言うと、眼下でかつて健在だった頃を思い出させるように男が口角を吊り上げて笑った。久しく見ていなかった笑顔だ。幼い頃のものとはもう違う、老成した、重く長い歳月を感じさせる重厚な笑みだった。けれど変わらないものもある。
「…お前は馬鹿だよ」
 それだけは、きっといつまで経っても変わらないから。
「バカバク…」
 小さく呟けば苦笑いを浮かべて男がもう一度笑った。そして馬鹿馬鹿言うなと震える声で今日初めて名前以外のことを声にする。
 視界は鮮明。クリアな世界。
 ――――ああ、神さまで良かった。
 人であったのならばきっと世界は不鮮明で、何も映らなかった。その手を握り、同じように自分もまた闊達に笑う。いつものように、涙一つ零れない、けれどその代わりにいつまでもいつまでも覚えていられるその世界に向けて。

 




「……アタシはお前と一緒にいられて良かったよ」




 そうしてそんな馬鹿な男の最期に見せたその笑みを、ずっとこれから、いつまでも忘れない。

fin.

















急にフォーバクが書きたくなってパート2。
死別&初対面のダブルネタですみません。
懐古的な感じでメランコリックに一発書き。(またか)
フォーバクは…というかフォーは、Dグレの中でもわりと別格の位置にいて
孤高の神様で好きです。バクとは今までの先代と育んできたような愛ではなく、
恋であればよいなと。フォーバクにはそんな夢を馳せてます。
(しかし欠伸すら出来る神さまなので多分泣けるような気もしますが)



07/02/23