それは甘くもないお前の。




「 まるで当然のように 」



(……ああ。もう、ったく、面倒くせェ)
いい加減懲りろよな、と、半眼で執務室の一角をフォーは俯いた前髪の下から睨みつける。しかし視線の先の男はペンを持つこともままならぬほど項垂れ、覇気の無い面持ちでこちらの不快指数と蓄積されてゆく苛々にはまるで気付きもしない。ただもう通算何十回目か知れないデートの誘いをあっさり断られたことによるショックを一人朝から延々受け続けている。
「……計画では……ちゃんと……何が悪かったと………」
しかもぶつぶつと己の世界に入り込んだ呟きを零しながら。
(ていうか計画とかいう以前の問題だってそろそろ気付けよ、バカバク)
リナリー・リー。本部室長の任にあるコムイ・リーの実妹で、バクの長年の想い人。今朝仕事で支部を訪れた彼女に、バクは声をかけたのだが、僅か滞在30分という短い邂逅の果て、その誘いはものの見事に玉砕の途を辿った。
しかも本人はいたって真面目にデートの誘いをしていると思っているのだが、対する相手は全くそれに気付く様子もなく、気付きもしていない時点でそんなものはもはや「デート」でもなんでもなく、更に極めつけは―――
『ごめんなさい、兄に任務があるから早く帰ってくるように言われてるんです。いつも誘ってくれてるのに……本当にごめんなさい』
任務がある――と。
エクソシストである彼女にそう言われてしまえば、バクに他にどんな止める手立てが残されているというのか。たとえそれが彼女の兄の巧妙な嘘であろうと、計画的バク予防措置であろうと。
打倒アクマの先頭に起ってそれを指揮する立場の一人であるバクに、それを止められるわけがない。だからそうやって通算何十回目かの徒労がまた一つ、滞りなくいつもの予定調和で、つまり単純に終わっただけの話なのだ、これは。
(いい加減、諦めりゃいいのに)
定番もいいところの光景にすでに溜め息すらも出てきやしない。加えて言うなら毎度毎度奮起しては惨敗し、その後しばらくはろくすっぽ仕事が手につかず、再起不能で意気消沈し続ける長に、周りの者ももはや慣れたものといった感じにそういうときは決まって彼の前には姿を見せないでいる。
チャン家に長年仕えているウォンですら、おいたわしや、と、涙を零しながら主君の傷心を甘やかして、そっとしておいてやろうとするのだ。まったく、リナリー・リーの兄同様、過保護にも程がある。
(ま、あたしには関係ないけどな)
皆がこぞってバクを遠巻きにする。その輪にフォーは自分も加わろうという気はさらさらない。が、別にわざわざ好んで落ち込むバクの近くにいるわけでもないのだ。
(そもそも慰めてやるつもりもねェし)
だのに。
なのに、だ。
どうしてこの男というのは。
「…………フォー、一体何がオレ様に足りな」
「知るか」
「ま、まままままさか! もしやと思うが、オレ様はもしかしてリナリー嬢に嫌……嫌われ……?!」
ああ、と低い溜め息を零す。
だというのに――――何故、よりにもよって、この男はわざわざあたしが休んでいるところにきて、愚痴を零しつづけるのか。落ち込んでいるかと思えば、急に話し掛けてくるのも傍迷惑な謎の一つではあるが。
身の内の苛々がまたふと上昇し、そっぽを向いて端的にこれに応える。吐き捨てるように。
「あたしが知るかよ」
「いや……しかし……それなら挨拶をしてくれるというのはおか……」
「聞けよ! 訊いたんなら!」
つか、鬱陶しいっっ!! と叫ぶと、そこでようやくふと、今気付いたといったようにバクが顔を上げ、首を巡らした。不思議そうにフォーを見て。それから。
「…………そういえばウォンはどうした? 今日はまだ見てないが」
(見ようとしなかったの間違いだろうが!)
今日ようやくの、まともな開口一番をそばにいたフォーではなく、今ここにいないウォンへと向けてあっさりとバクは言い放った。
そんな急に我に返るのも、ウォンの不在を気付くのも、これもいつもの定番。……定番だとわかってはいる。
いるが、
「ああ、そうだ……見ていないといえば、先月のアクマの解析結果をまだ見ていないな。フォー」
……だからどうしてそう当然のようにあたしに愚痴を零した上で何事もなかったかのように名を呼ぶのか。いっぺんとことん拳でこっちの愚痴も語ってやろうかと思ったが、それはそれで後始末が面倒に思えて、言い返す気力もなく、
「………………呼んで来る」
機嫌の悪さを隠そうともせずぶつりと言って、休んでいた来客用のソファーから鬱蒼とその身を起こす。
すると、
「ついでにウォンにコーヒーでも淹れてもらおう。お前も飲んでいけ。何がいい」
「………………」
ついでもなにも、飲めるわけもない。
飲むふりと味わうふりが出来るだけの自分にまるで当然のようにそんなことを言って、呆れて見返したらもう執務机の書類を取り出して、先程までの沈みこみようが嘘のように支部長の顔で仕事に向かい始める――――ああ、やっぱりこいつは馬鹿なんだな、と思って。




「……………………紅茶」



ぼそりと言うと、わかった。ならばミルクと砂糖も必要だな、と、書類にペンを走らせながらごくごく当然のように言う奴に、付き合ってやってるあたしもあたしで結構な馬鹿かもしれないと呆れ半分、諦め半分で溜め息を零して一人部屋を出る。




――――多分、あいつを一番に甘やかしているのは他でもない自分なんだろうという事実には意地でも目を背けたままで。


fin.








急に書きたくなって。フォーバク。
バクが落ち込んでるとフォーもちょっと調子が悪いんです、な話。
あんまり何も気にせずぱぱっと書いたので、フォーがほんとに甘いだとか
文章おかしいだとか。まあ色々あると思いますけど雰囲気だけ楽しんでもらえたら。
うちはバクフォーではなくてフォーバク推奨ですから! ねッ!

先月までのアジア支部展開はほんとかわゆかった……大好き!




06/09/16