訂正はあとから。



「おや? 千尋?」
 幼い頃から、保護者めいた立場にある風早は、さすが自分のことを昔からよく見 ているだけあってか、安穏としながらも時々やたらと鋭い視点を向けてくる。それこそ、千尋ですら気付いていないようなことをズバリと。
 いきなり目を丸くする風早に、「え? なに?」と、今回はそう問われるだけの 、身に覚えといったものがまるでなかっただけに、風早と同じような当惑をのせて千尋もまたその瞳を瞬かせる。
 うん? 何かあった?
 眼差しだけで問えば、直後にまるで予想だにしていなかったことを言われた。
 曰く、
「千尋。もしかして忍人のこと、気に入ったんですか?」
「…………。は?」
 にこにこ顔であまりに自然に、するりと言われて、瞬間、何を言われたのか、理解するのに少々の時間を要した。約五秒ほど時間が経過してから、ようやく千尋はその意に気付く。
「え……え………えええぇっ?!」
 叫びながら、寝耳に水と言わんばかりなそれに、大きく瞳を見開いた。
 あまりに驚いたので、素っ頓狂な声が甲高いトーンのままに遠慮なく上がって、出陣を控えていた仲間達がすわ何事かとこちらに顔を向けてくる。慌てて「何でもない!」と 、首を振って答えたが、なのに呑気な保護者は「いや、忍人、誤解されやすいですけどね。実は結構あれで優しいところが……」と、訊いてもいないのにつらつらと不敗の将と呼ばれる厳格な葛城忍人の長所を丁寧に押し並べ、嬉々として告げてくる。それこそ、これは何の誤解だ、と眩暈を覚えるくらいに。
 しかも間の悪いことに。
「なんだ、騒がしいぞ。どうした?」
 こっちにこないで、と大袈裟なくらい強く意思表示をしていたのに、その当の本人がまたも眉間に皺を寄せながら近寄ってくる始末。その表情からは、まだ何も告げてないのに、不穏当な気配を放ちまくっていて、千尋の肩がびくりと跳ねる。叱られる、とつい咄嗟の、条件反射のようにしてそう思ったが、
「……千尋?」
 紡がれたのは、そんな他愛ない呼び名。
 どうかしたのか、と。
 睨むでもなく、少し心配げに見返されて、千尋はまごつきながら、激しく困惑した。まさかそんな。そんな不意打ち。
「な、なんでもありま」
「ああ、実はね、忍人、千尋が……」
「風早!!」
 何かを言おうとする風早を慌てて制止する。勢い余って飛びつくようにしてその口許を押さえた。だが背は足りず、結局手が届かなくてただしがみつくような状態となり、そんな醜態にますます千尋の羞恥は募る。
 だが、「なんだ…?」と、怪訝とした瞳が再び自分へと降りてきたことに比べれば、まだそんなもの、マシと呼べるものであった。
 わけがわからないといった不審の眼差しに、千尋の顔が見る間に赤くなる。あまつさえ、自身のすぐそば、近くからはなんだか非常に楽しそうな風早の笑い声。
 ああ――誰が、誰を気に入っているって?
 あの祭りの日以降、確かに葛城忍人とはほんの少しだけ、心の距離が近付いたかもしれない。あれ以降、時折、確かに彼は自分の名を呼んでくれるようになった。
 だが自分たちに訪れた変化はたったそれだけのこと。
 気に入っていると言われるようなものなど、まだどこにもない。
 だから。
(………気になってる、の間違いだ)
 せめてもの意地で、心の中でそう言い返しながら―――どちらにせよ、改めて風早の観察眼には頭を垂れて、感服する他ない。
 千尋ですら気付いていなかった、その浮ついていた心。
「千尋…さっきからなんなんだ?」
「なっ、なんでもなっ……ないです!!」
 指摘されて初めて自分の恋心を意識させられた。
 窺うような眼差しを向けてくる忍人に、ますます顔を赤らめ、千尋は勢い良くそっぽを向いた。







07/07/04
メイン、全EDクリア翌日。思わず衝動のままに。あと短文練習も兼ねて。