共に歩く道、すべてに
あなたへの想いが溢れてる。




「 帳 -とばり- 」



身体が弱かったせいだろう。
空気の揺れや温度の変化、木々の撓る音といった些細なことで昔からよく目が覚めていた。
それによって特に、眠りを妨げられたと思うことはなかったのだが、兄である経正は深夜起き出す自分をひどく気にしていたように覚えている。
病弱な弟が何に苦しむこともなく安らかな顔のできる唯一の時間だったからだろうか。
けれどそんなささやかな兄の望みを果たすこともできず、寝入ってすぐに目覚め、咳き込んでは明け方を迎える―――そういった日々を過ごす、その都度、たったそれだけのことも満足にできぬ己の不甲斐無さと脆弱さを呪って、よく嘆いては落ち込んでいた。ただただ心配してくれる兄に申し訳なかった。
「…きっとお前は、この平家において誰よりも繊細な子なのだろうね。いや、恥じ入ることはない。繊細であるということはけして弱いということではないのだから。…お前はその心で、これから先、色々なものと接してゆくだろう。そこでお前がお前だからこそ気付いてあげられることがある。それは、とても尊いことなのだよ。敦盛」
優しい言葉は惜しみない愛情と慈しみの心に溢れていて、そうやって、嘆く自分をいつでも力強く励ましてくれた。
そんな兄が好きだった。
心から、尊敬していたのだ。

(……―――それでも、結局…私は兄上の望みを叶えることはできなかった……)

フッ、と。水面から顔出すような一瞬の浮遊感が全身を捉え、徐々に覚醒してゆく意識の片隅に、遠い過去という名の記憶が入れ替わるように沈んでゆく。
そして懐かしい思い出が急流のように脳裏をすり抜けていった後、唐突に敦盛は覚醒した。
開け放った瞳に世界が映る。
薄闇の、未だ明け方ですらないその濃い暗色の世界が。
(…また、か)
嘆息めいた、淡い吐息を自嘲気味に吐き出す。
こんなふうに――
昔から微細なことで自分は目が覚める。
それは空気の揺れや温度の変化、木々の撓る音といった他の誰かにしてみればひどく些細なことで。
では今回はその何が要因となって目が覚めたのかと、目覚めたばかりの意識がごく自然にその理由たるものを探ろうとし、
(な……っ)
それに気付いたとき、まだ幾分かまどろみを保持したままであった意識はすぐさまその亡羊さを遙か彼方へと追いやることとなった。
そうしてこれ以上なく視界がはっきりしてしまえば、寧ろどうして今まで気付かなかったのかと思える、そんな目を疑うばかりの出来事がそこに―――否、人間が、いて。
そのまさかの光景を目の前にして敦盛は大きく息を呑んだ。ヒュッと空気を掻くような掠れた音が唇から零れ、ともすればそのまま何事かを叫びそうにもなって、
「…っ!」
すんでのところでそれをなんとか喉の奥へと押し込めた。けれど乱れた呼気が今度は別の意味で敦盛の胸を苦しくさせる。動揺と混乱が、現状を前にして目まぐるしく脳内を駆け回っていく。
一体どうして、
何が起こって、
(神子が……いるんだ)
眩暈がしそうだった。いや、多分もうしている。くらくらと、でなければこんなにも激しく視界が揺れ動くはずもない。
(―――……何故…)
心底驚愕の眼差しを向ける敦盛のその視線の先には、龍神の神子と呼ばれ、時に戦神子とも呼ばれた彼の女性、春日望美がすうすうと規則正しい呼吸を繰り返しながら……こともあろうか、自分のすぐ横で静かに寝入っていた。






(「帳-とばり-」/一部抜粋)






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